No.10 第2章 その2
<実証実験の準備>
ここはまだカンパラ。4月27日(木)朝に伴は地上500㎞から地上に戻ってきて、最終の健康診断のあと一緒に戻ってきたクライマー2台に入っている機器の動作確認を行った、といって複雑な検査をする時間は無く、単に電源を繋ぎテストプログラムを流しただけだ。どちらも動作正常との判断だったので、クライマーは次の日にトレーラーに積み込まれ、5月1日(月)までの4日間で陸路2,260㎞かけてハルツームへ向かって行った。クライマーは大きすぎて飛行機には乗せられないのだ。
一方マイクロスペースで用いた5本のラックとコントローラーは、伴が地上に着いてすぐにマイクロスペースごと降下し28日(金)昼には取り出されたので、伴が動作確認を行った。これなら伴を乗せたまま降下したほうが効率的なのだが、人を乗せたまま降下すると安全基準に合わないらしい。このようにマイクロスペースごと動かすのは、宇宙エレベーターにつながっているのが訓練用のマイクロスペースだけだから可能なことであり、他では担当者が上空に行って作業するしかない。
とにかくこれで伴のカンパラでの予定はすべて終了で、伴は29日(土)空路でハルツームに戻り、ラックなどの機器類は30日(日)やはり空路でハルツームに行き、5月1日(月)昼には伴と実証実験で用いるすべての機材がハルツームの宇宙エレベーター基地に集結した。
その日の夕方には作業員と機材などが宇宙エレベーターで昇って行って次の日に設置するので、その前の打合せがあった。それにはDavidやKierも参加したが、主役は実際に作業するSusan <スーザン> Nyamal<ニャマル> Dobuol<ドボール>という名前の割と背が高い女性で、Kierとは顔見知りのようだ。公式的には設置する機材の提供主である伴も会議の主役だが、一度カンパラでEU側が設置して特に問題はなかったので挨拶のあとは、Davidがカンパラのデニス メッタなどから得た情報で、このラックは中身がない状態だと重さがこのくらいで、などの説明を聞いた。
Nyamal「ラックが5本に、壁面からの外部放出が2か所あるから、作業ロボットはいつものSER A3W3 Type2.-3F5を3台持っていこうと思う。作業時間は。長くて1日、早ければ半日。」
David「ロボットはそれで十分だろう。」
この作業ロボットは、車体が幅1.5m高さ0.5m奥行き3.0mで3対の車輪が付いていて、車体は中央部で折り曲げ可能なのでかなり小回りがきくらしい。その上の胴体は2.0mで最大2mまで延ばすことができる3対のアームがついていて、一番上のアームのみ手の部分には5本の指があるため工具を使うなどの細かな作業が可能になっている。このロボットの耐荷重は最大1 tonとのことで、粒子が詰まったトレイを組み込んだラックをクライマーから降ろしてマイクロスペース内の指定された位置にボルトで固定する、などの作業はこれ1台あればできそうだが、3台持っていくのはラック上部とマイクルスペースの壁面を繋ぎ、BVMCA粒子を問題なく放出できるようにするためだ。高度300kmでは、マイクロスペース外部はほぼ真空状態なのだから。
次の日の朝から設置作業と言うことで、Nyamalが乗るクライマーと、SER A3W3 Type2.-3F5が3台のクライマー、ラック5本などの機材のクライマーの合計3台は夕方に上空へ移動していった。あとでKierに聞いた話では、Nyamalの夫婦は宇宙エレベーターができてハルツームでの産業が急に活発になってきたことから南スーダンから移ってきた。最初、データセンターのサーバー設置を行う会社の下請けをしていたら仕事ぶりを評価されたようで、EU Space Development Corp.の関係者から宇宙エレベーターで仕事をしないかと誘われてこの仕事をするようになったとか。ただNyamalの夫は高所恐怖症のため、EU Space Development Corp.に入ったのはNyamalだけで、それが10年前のこと。今ではハルツームのマイクロスペース内での機器設置作業のグループリーダーをしながら、ハルツーム基地では数少ない船外活動の資格を持っていて、今までに3回ほど短時間ではあるが故障したアンテナ交換などの船外活動をしている。
次の日の9時に地上300㎞のマイクルスペースでのラック設置工事が始まるので、伴も基地のコントロールルームで様子を見守った。見ていると、3台のSER A3W3 Type2.-3F5は基本的には自動運転でラックをクライマーから運び出して決められた場所に設置するのだが、ラックの転倒防止のためマイクロスペースの天井から降ろしたクレーンにラック上部を取り付ける、ラックをボルト・ナットで床に固定するなどの細かな作業はNyamalが補助をしているようだった。
残り2本は粒子放出用ラックで、これは使用しないクライマー用ジョイント部に設置された。
このように説明すると、粒子放出用ラックの設置場所は最後に残っているところから選んだように聞こえるが、実際は逆で、図で右側となるラック後部はサハラ砂漠の奥側の方向の西北西に面している。つまり方向が西北西に一番近いジョイント部が粒子放出用ラックの設置場所、その両側のジョイント部がトレイ運搬用クライマーとのドッキング用、粒子放出用ラックの向かい側が人員運搬用クライマーとのドッキング用となったのだ。
粒子放出用ラックの設置場所がきまったところで、ジョイント部の壁面の一部が開閉できるように改修され、その開閉の制御部はジョイント部の上の壁面につけられている。このまま壁面を開けると中の空気が外に出てしまうので、Nyamalが簡易型だが宇宙空間対応の服に着替えて天井からのクレーンにぶら下がってラックの上に乗り、狭い空間の中で両側から2台のSER A3W3 Type2.-3F5の助けを借りながら密閉用カバーを取り付けた。それからクレーンにぶら下がったまま粒子散布用出口の制御部を操作して壁面の一部を開けた。マイクロスペースを外から見ると、2か所だけ幅800mm長さ200mmのひさしが出ていることになる。Nyamalから「これで、どう?ラックには電源も繋いでいる。」という連絡が来たのは11時半だから2時間半で終わったことになる。その後、伴がテストプログラムを動かして正常動作という答えが来たのですべての作業は午前中で終了した。
Nyamal「確認だけど、SER A3W3 Type2.-3F5は3台とも降ろすのね?」
基地内で伴が了承したのを受け、
David「その通りです。今回の作業では余分のスペースがないので。」
これで伴の仕事は終わりなので、伴は事務所に戻り来週の実証実験の準備をすることになるが、Davidたちはまだすることが残っていた。
Nyamal「あとは補充品も供してしまいましょう」
伴がクライマーで上がってくるときには1日分の余裕をもって圧縮空気・水・食料を持ってくるので内部規定上は問題ないのだが、マイクロスペース内にも補充品を用意したほうがいい、ということが規則として成立しそうだったので、Nyamalが今回の作業に入れてしまおうと思ったらしい。ということで2日夕方には作業ロボットと空きクライマーなどが地上に戻り、代わりに圧縮空気や水・食料などマイクロスペースの補充品が3日の昼に届けられ、Nyamalが地上に戻ったのは4日の夕方だった。
<実証実験スタート>
伴は5月7日(日)夜22時にクライマーに乗り込み、カンパラの訓練同様にBVMCA粒子の入った80個のトレイを乗せた2台のクライマーとともに上空300㎞のマイクロスペースに上って行った。
作業開始は8日(月)8時という予定で、その時間になるとハルツームのマイクロスペースの広くはないコントロールルームにはDavidと崔、それに時間があったから最初だけということでNyamalが来ている。Aya、MohamedそれにKierは伴からの依頼に沿って車で待機、このほかにEU Space Development Corp.からもう一人別な場所にいる。
ここで、まず伴の作業の今日からの予定を簡単に紹介しよう。5月8日(月)8時から4日間、毎日トレイ80個分のBVMCA粒子を2つのラックから交互に散布する。トレイ1個の散布で7分半かかるので、ラック1台に入っている10個前部の散布に必要な時間は1時間15分、これを8回繰り返して計10時間となる。トレイ80個はクライマー2台に入っているので、それを全てラックに移して夕方までに空にして、それらを3時間かけて地上に降ろすと、トレイが80個入った2台のクライマーがやはり3時間かけて朝の作業開始までに上がってくる。伴はパワースーツを着て8時からトレイを動かし、最初の散布が始まるのは8時45分、この最初の散布だけは特別で、最初のトレイの中にはBVMCA粒子を含んだ大きさ30mm×30mmの紙130万枚の他に位置のトレースが可能なセンサが点いた30㎝ほどの大きさの紙飛行機のようなものが入っている。130万枚の紙がトレイに組み込まれた圧縮空気で吹き飛ばされた後にこの飛行機も飛んでいくので、その位置を高性能レーダーの監視ルームにいるDamien<ダミアン> Blanc<(ブラン>が追跡しその位置をAyaやKierに伝えるので、彼らは車で可能な限り追いかけ地上で回収するとともに、散布された大きさ30mm×30mmの紙がどこまで飛んだかを調べる。さて、伴は16時50分までせっせとトレイを動かし続けるのだが、この間の休憩時間はだいたい1時間おきに10分とあとは昼に50分となる。そして粒子の散布がすべて終了するのは18時45分、空いたクライマー2台が地上に戻るためにマイクロスペースから出ていくのは16時10分、粒子を積んだクライマーが到着するのは次の日の6時10分の予定となっている。これを4日間続けるのだ。
それで宇宙エレベーターを用いたBVMCA粒子散布の実証実験1日目、伴は7時半には朝食を終えパワースーツを着て、8時前にクライマーから出てきて地上コントロールルームなどにいるメンバーに実験開始をアナウンスした
「まもなく5月8日8時になります。予定より3分くらい早いけど、準備ができたので独立行政法人 革新的資源活用機構とEU Space Development Corp.共同によるGreening Initiative-BVMCA Projectの宇宙エレベーターを用いた上空からのBVMCA粒子散布実証実験第1回目を開始します。地上のほうは、何か連絡事項などありますか?」
David「こちらは、散布された粒子の追跡含め準備はできています。また散布の最初だけ、機器設置を担当したNyamalも同席しています。」
崔「本部からは単にトラブルがないように実験を進めてほしい、と言われただけですし、取材陣なども来ていませんので、始めてください。今のところ、特にこちらから作業中に連絡しなければいけない予定はありませんが、通信だけは接続したままでお願いします。」
CASM-3の時の取材で懲りてしまったようだ。特に今回は散布してすぐに何か効果が出てくるようなことはあり得ないし。ということで、伴は淡々とトレイの運搬を進め、8時40分には粒子散布用ラックに10個のトレイのセットが終了し5分後に散布開始を知らせるランプが点灯した。そこで伴は散布開始に合わせて音楽がスタートするように持ち込んだ音響機器をセットした。
これをDavidが見ていて「Yoshi、これは何の作業?」
伴「8時45分になったらわかるけど、個人の好みに関する事柄だ。」
そして8時45分、粒子の入ったトレイが揃ったラックのランプが散布中を示すオレンジ色となり、マイクルスペース内の散布用ラックのコントロール卓にあるモニタにはラックの排出口の近くの風景が写っているのだが、急に細かな白っぽいものが多数飛んできてそれが延々と続き、マイクロスペース内にはある音楽が鳴り響いた。伴がセットしたのはこれで、曲は150年近く前になる1978年のヒット曲でEarth Wind and FireのFantasy(宇宙のファンタジー)、伴は子供の頃にたまたま聞いて大好きになった曲で、ぜひこの曲を流しながら最初の粒子を飛ばすときはこの曲を流そうと思っていたのだ。直接地上への通信にはこの曲は流していないのだが、マイクロスパース内の音は流れてしまうので、
David「?このBGMの曲、すごく古いよね。100年くらい前?」
伴「いや、1978年のヒット曲のはずだから150年近く前になる。」
David「そんなに前になる?この曲を唄っているのはEarth Wind and Fireだろう?俺の爺さんが若いころ、このグループのコンサートに行ってこの曲聞いたと言っていたから知っているのだけど。ただ、おれの爺さんの話はだいたいがいつも大げさだったから、信用できるかと言われると、なんとも言えないけど。」
伴「おじいさんが若いころ、コンサート?それだとせいぜい2050年だろうけど、そんなに長いこと活動しているというか、そもそもグループのメンバーが生きていたかどうかも疑問だなあ。」
いつの時代でもあるのだろうけど、リアルのコンサートをリモートで見に行っているつもりが、実はAIが創作したフェイクコンサートだった、ということだったのかもしれない。または、オリジナルグループの誕生から100年など切りのいい数字のときにグループ名の権利を持っているところが許可することで、1年とか2年限定で同じ名前のグループが形成されて記念コンサートをいくつか行った、という例もいくつかある。そのどちらかだろうと伴は思った。そしてこの曲が終わって少ししたところで伴のアラームが鳴った。
伴「そろそろ位置追跡用のセンサが放出されます。」
Damien「了解です。あ、放出を確認しました。」
そのとき確かにモニタには細かな紙とは違い大きなものが飛び出していくのが写った。BVMCA粒子が付着した30mm×30mmの紙の動きは放出後に散らばってしまうと位置を検出することはできなくなるが、位置追跡用のセンサが付いた飛行体であれば地面に到着するまで観測をすることができる。そしてシミュレーションでは、95%以上の確率で、位置追跡用のセンサが付いた飛行体が到着する位置とBVMCA粒子が付いた多量の紙が到着する位置の平均との差が5㎞以下という結果が得られている。そのシミュレーションによると、粒子が地上に到達するのは放出の4日後、粒子の平均時速は6 kmで落下位置は570㎞程度先となっている。従って、今放出された粒子が地面に着くのは12日(金)の午前中で場所はスーダンとチャドの国境の手前のサハラ砂漠内となるはずだ。伴がモニタを切り替えるとDamienが操作している高性能レーダーの画面で、濃淡がある粒子のかたまりと位置追跡用紙飛行機と思われる物体が映し出された。
紙飛行機のほうはこの先も追跡可能だが、粒子の濃淡の模様のほうはだんだんと薄くなって見えなくなるはずだ。
粒子の落下地点に向かうAyaとMohamedの車は10日(水)の朝出発で、崔はThomas、Dengとともに伴の作業が全て終わってから13日(土)に出発、Kierの車は伴が上空から降りて来て健康診断が終わってからの15日(月)出発の予定となっている。伴「後は、風次第か」と言ったが、大気圏は高度100㎞までなのでそれまでは圧縮空気で押し出された速度で流れてゆき、大気圏に入って高度10㎞あたりからやっと貿易風に乗っていくので、思ったほど風の影響は大きくない。作業が順調に進めば、伴は最後のセンサが地面に到着するのに間に合う予定だが、世の中順調なことだけが起こるわけはない。
先ほどの曲が終わってからしばらく同じグループの曲がBGMとして流れた後、やはり20世紀後半の曲と思われるものが流れ、伴は黙々と作業を続けた。伴に言わせると、その時代の曲はボーカルと楽器とがはっきりと分かれていて聞きやすいらしい。昼食時には、伴はカンパラの時とは違ってロッカーの上にあるレンジを使って、野菜と合成肉のスープ、及びコーヒーを暖めた。マイクロスペース内は空調が効いているので全く寒くは無いのだが、食事や飲み物が温かいとホッとする、と伴は思っている。
この後も作業は予定通り順調に進み、空きとなったクライマー2台は16時10分にマイクロスペースから地上に向けて降りてゆき、伴の力仕事は16時50分には終了し、伴は夕食をとりながら18時45分にその日の最後の粒子放出が終わるのを見届けた。これが地上の作業であれば。最初の作業終了で乾杯なのだが、地上300㎞上空ではアルコールは厳禁。マイクロスペースには1人しかいないので、何かあれば寝ていてもたたき起こされて対応しなければいけない。あと、カンパラでは睡眠含め休憩場所はデフォルトがマイクロスペース内のベッドなのだが、ここの場合はクライマーの中になっている。確かに、マイクロスペースで何かトラブルがあった場合は、クライマーの中のほうが安心ということだが、一番の理由はカンパラの訓練施設のほうが新しくマイクロスペースの強度がやや高いということが関係していたらしい。とにかく1日目の作業終了後、伴はクライマーの席をリクライニングにして眠りについた。




