3.意味のない誕生日
店に入ると少し奥まった景色の良い窓際の席に案内される。
「内装もステキね。このお店はよく来るの?」
「まさか、ここはすごい人気でなかなか取れないんだ。だからずいぶん前に予約してたのがようやく取れたんだ。」
「え?私が一緒でよかったの?一緒に来る人が居たんじゃないの?」
「うるさいな、相手がいなくちゃ来ちゃいけないのかよ。」
咲は悪気はないのだろうが、意味のなかったことに意味を求められてイラっとする。十年以上前にこの店を予約した時、一人と言うのも何だったので何となく二人で予約した。人数に意味はなかった。
結果的にはこうして咲と二人で来ることになったが。
「居たけど振られたってこと?」
「違うよ!良いだろなんでも。全く失礼だな。せっかく連れてきてやったのに。これ以上追求するなら追い返すぞ。」
しつこいなあ。痛くもない腹を探られて腹が立つ。
今まで人と関わらずにきたので振られるような出会いも何もなかった。
「失礼しました。誓ってもう聞きません。」
「よし。じゃあ、何か飲むか。」
神妙な面持ちをしたので許してやろう。
そのまま飲み物リストに目をやる。咲は何が良いのか分からないというので乾杯にはブリースを選ぶ。咲はお酒が好きそうだからこの特別な酒は喜ぶだろう。
「ここのメニューは出店とだいぶ違うね。」
周りの食べている皿を見回して咲が小声で言う。まだ出店か俺のご飯くらいしか食べていないのに、咲にも特別感が分かるらしい。
「ここは大昔、樹が始めたレストランなんだ。代々改良はしているみたいだけど、基本的にそのメニューを受け継いで作られていらしい。オレも初めてだからよく知らないけどな。」
咲の疑問に答えているのに咲の視線は窓の外に釘付けだ。ちゃんと俺を見て話を聞くのが礼儀だろうと思う。
「何見てるんだ?」
「ううん、何でもない。料理楽しみ。こういう所は記念日にきたいね。…そういえばアンセは幾つなの?」
「百歳だよ。」
突然の質問に思わず正直に答える。
「す,すみませんでした、そんな目上の方とはつゆ知らずご無礼を。」
普通に年齢を答えたつもりが驚かせたようだ。そうだった、地上とは年齢の感覚が違うのだった。
それにしてもどんなに着飾ってもやっぱり咲だ。時代錯誤のヘンテコな言葉違いと慌てぶりが面白くて必死に笑いを堪える。ここじゃなかったら涙を流して大笑いしているところだ。お腹が痛い…腹の底から笑ったのはいつぶりだろう。
笑いを堪えたがそれでも周りからの視線が痛い。
「…何その返し、何時代の言葉だよ。笑いすぎて本当に腹痛い。この店じゃなければ大声で笑えたのに。はぁー。」
ついでにここでの常識を教えてやろう。
「お前も八十かそこらじゃないの?」
「えええええええええ!なんで!!!しつれいな!」
咲は場所を弁えると言うことを知らないらしい。こんなに格式高いレストランでその大声はない。今ので完全に周りから異質な物のレッテルを貼られた。
「うるさいよ、場所を弁えろ!」
小声で怒る。もう周りを見るのが怖い。
「ごめんなさい、だってだってわたしは三十五才ですよ。」
咲も小声で返してくる。…やはり社会人経験者か。それにしては鈍いと言うか、考えなしというか。
ここでの時間の流れは地上より三倍近く長い。単純計算で咲の年齢はここでは百を超える。
「じゃあここでは百五才くらいか。」
びっくりして今度は言葉を失っている。人は真に驚くと声が出ないらしい。
「ここでの寿命は大体三百才だ。だから地上から来たお前はその時の歳の約三倍の歳ってことになる。」
「あーびっくりした。ちゃんと説明してよ。無駄に驚いてしまったじゃない。」
またいつもの口調に戻って軽口を叩く。何だ、私とアンセはそんなに歳が変わらないんじゃないとぶつぶつ言っている。
「オレのせいなのかよ、全く。」
「で、百才はの誕生日はいつなの?」
誕生日に一人でこんな店を予約したのがバレて恥ずかしくて小声になる。
「…今日。」
言うつもりはなかったのに。
「そうなの?すごいおめでたいじゃない!おめでとう!!!」
再び大きな声で話し始める。だからその大声はやめて欲しい。
「恥ずかしいからやめろよ。」
困っているとタイミング良くブリースのボトルが運ばれて琥珀色の液体がグラスに注がれる。流石に目に余るものがあったのだろう。咲の口を塞ぐための配膳に思われた。
思惑通り咲がブリースに釘付けになる。
「乾杯、誕生日おめでとう。」
まさか誰かに祝ってもらう事になると思っていなかったので改めて言われると恥ずかしい。
でも同時に自分の誕生日をこの特別な場所で祝おうとして良かったと思った。年齢に興味はないけど、一人で百歳の節目を迎えるのは何だか虚しい気持ちだった。この場に一緒に祝ってくれる人がいるのは正直嬉しい。
「…これはブリースの実を発酵させたお酒で特別な日に飲むものなんだ。」
気持ちを悟られたくなくて飲み物の説明をする。
ブリースはお互いの幸せを祈る特別なお酒だ。咲の門出にもピッタリだと思う。
そう言う意味で結婚する時に飲む人達もいる…前に聞いたことを思い出して恥ずかしくなる。意味があってこの酒を選んだわけではない。特別な酒を、と思った時これしか思い浮かばなかっただけだ。
次に生野菜の乗った前菜が出されると咲から笑顔が消えて眉間に皺がよる。そうか、きっとお皿から樹々の声が聞こえて食するのは気が引けるのだろう。ちゃんと会話の回線を切り替えれば聞こえないのだが、まだまだそんな器用な事は出来ないのかもしれない。
「どうした?生野菜嫌いなのか。」
「ごめんなさい、生野菜は苦手なの。」
サラダから声がするとは言わないのか。場をわきまえているのか、それとも元々嫌いなのか。どっちでも同じだが、大切な恵みを残すのは勿体無い。
「気にするな、おれがもらうから。」
咲の分まで平らげる。ここのご飯は見た目だけではなく味も本当に美味しい。ドレッシングのレシピを教えて欲しいものだ。
次はお腹を労るクルムのポタージュだ。程よくハーブが効いていて自分で作るスープとは一味違う。一つ一つは自分でも作れるメニューなのに不思議だ。
次はメイン料理がくるはすだ。そう言えばここの名物は彩りサラダだった気がするが咲は大丈夫だろうか。
スープを終えると咲がトイレに立つ。
急に一人になって静かになると、ほっとするのと同時に物足りなく思う自分が居ることに驚いた。いつの間にか咲は俺の生活に深く入り込んでいる。静かだった俺の生活が面倒なことになった、全く想定外だ。
…ふと俺たちより先にメインを食べている人達の会話が耳に入る。
「今日は名物のポルクールのサラダではないのですね。あの鮮やかなサラダを期待して来たのですが。」
「ご期待されていたのでしたら申し訳ございません。仰るようにサラダはうちの名物ですが、他にもあるんですよ。」
「そうですか。では私達はたまたま二回ともサラダだったのですね。この煮込みも美味しいです。次は何が出るのか楽しみになりました。」
すごいな、ここに三回も来ているとは余程気に入っているのだろう。今予約しても次に来れるのは十年後だ。
俺は百歳の誕生日と決まっていなければ十年も覚えていられなかったと思う。
そうか、今日はポルクールの煮込みなのか。俺もここの名物はサラダだと思っていた。
後ろの会話に気を取られていると自分達のご飯が運ばれてくる。ポルクールの煮込みだと思っていたらなんとセアブレアだった。もうここ何年も魚を口にしていないのでまだ魚が手に入る事に驚いた。
…いや、待て…
確か近年南は不漁で魚が手に入らなくなっていた筈だ…そんな貴重なもの、俺は頼んでいないし食べるか聞かれてもいないはずだ。
…お金足りるだろうか。こっそりとお財布を確認するが、出てきてしまった料理を下げてもらう訳にもいかない。聞こうとして咲がタイミング悪く席に戻ってきた。
「お客様は、幸運でございます。ここ数年魚は手に入らなかったのですが今日久しぶりに入ってきたのです。お楽しみくださいませ。」
俺は嬉しさより驚きが先立って素直に喜べない。
「数年ぶりだって!ラッキーだったね!」
「…そうだな、久しぶりの魚だな。」
返した返事がきごちない笑顔になっていないといいが…そのまま心配になって店長を見ると微笑んで頷いてる。どう言う合図なのかさっぱり分からず不安だけが募る。
…咲はこっちのことは全く気にせず幸せそうに食べている。まあ、足りなかったら後で支払いに来るしかない。腹を括って有り難くいただく事にしよう。
なにより久しぶりの魚は美味かった。セアブレアもお祝いの席で食べる魚だ。俺たちの話を聞いていたのだろうか。ゆっくりと白身の魚を堪能する。暫くはまた食べられないだろう。
咲は他のご飯と同じように美味しそうにもりもり食べる。食べっぷりが気持ち良いが、もう少し味わって欲しいと思う。
魚を食べ終わると咲が急にそわそわしているのに気が付いた。
寒いのか?上着を渡そうかとボタンを外しているとデザートが運ばれてきた。
咲は嬉しそうに俺の反応を見ている。寒いわけではないようだ。全く百面相のようにコロコロと表情が変わる奴だ。咲の表情をいちいち気にしていたら身がもたないと学んだ。
デザートは昔俺の作ったロートアイアンプレートと共に運ばれてきた。その上に誕生日おめでとうと描いた白い皿にケーキや焼き菓子が乗っていた。
「おめでとうございます。」
店員が声をかけてくる。
「…ああ、ありがとうございます。」
全然期待していなかったので、驚いてお礼を言うのが精一杯だ。
「おめでとう!驚いた?」
咲は目をキラキラさせて聞いてくる。
「…ああ。」
とりあえず反応する。
そう言えば昔、地上でも誕生日を祝ってもらった事があった。
……あの時もびっくりして言葉に詰まった。
真面目なアイツがサプライズをするなんて思わなかったから尚更だ。何でそんな事をしたんだろうか、今でも分からない……
つい昔を思い出して咲に喜びを伝えそびれてしまった。てっきり、怒るかと思ったら急に無口になってデザートを食べている。
何も話さないので再び昔に思いを馳せる
……あの時アイツはどんな顔をしていただろうか
お店もデザートも思い出せるのにアイツの顔は思い出せない。もしかしたら俺は全くアイツのことは見ていなかったのかも知れない……
ふと我にかえると目の前にはぎごちない時間が流れていた。やってしまった。咲は口を一文字にしたまま黙りを決め込んでいる。
最後にお茶が出てきたが、何を話したらいいのか分からなくて手持ち無沙汰になりあっという間に飲み干してしまった。咲も同じで、そのままガタガタと席を立つ。
帰り際、ドキドキしていたが払えない金額ではなくてほっとした。しかも店長からサプライズがあってブリースの小さな苗を頂いた。
ちょっと待て。こんな風に苗木に出来るってこの人は何者なんだ?こんなに狭いところに樹を押し込めて平気でいられるなんておかしい。
「この樹は育てている人を幸福にすると言われています。お二人の幸せを祈っています。」
またしても驚きと疑念で喜びを表現出来ない。
咲が慌ててお礼を言うとそそくさと店を出る。何を急いでいるんだ?
風通路に向かって歩いていると咲が申し訳なさそうに話し始める。
「…大切な日なのに驚かせてごめん。」
「え?あ、いや、別に、感謝してるよ。今日一緒で良かった。」
ようやく素直に気持ちを言えた。
咲は思わぬ言葉に動揺したのか落ち着きがない。悲しんでいるのか、気になるものが何かあるのか。言葉を発さずに立ち尽くしているので咲と同じ方角を見てみるが特になにも見えない。
そのまま会話が続かず無言で風通路に2人で乗る。そう言えば咲はもう既に一人で乗れるようになっている。俺の助けがいらなくなる日も早いかも知れないと思って少し寂しく思った。
「今日はありがとう、おやすみなさい。」
別れ際に、今までで一番丁寧な挨拶を告げてくる。慌ててさっきもらったブリースの苗木を差し出す。樹々に嫌われている俺が貰っても仕方ない。
「こっちこそ、ありがとう。これお前にやるよ。」
「でもこれは…折角もらったのに、いいの?」
「オレは育てるの得意ではないからな、任せるよ。」
咲は笑顔で受け取る。咲は笑った顔が一番似合う。俺も思わず口角が上がる。
咲がまたキョロキョロと辺りを見回す。全く落ち着かないやつだ。
「どうした?」
「何でもない。誰かがこっちを見ていた気がしたけれど気のせいみたい。」
もしや…いや…そんな筈はない。この件は俺に一任されている筈だ。でも明日念の為調べてみよう。これ以上俺のような被害者出さないためにこの世話係を引き受けているのだ。
そうだ大切な事を言い忘れていた。
「夜、紫の時間は出歩くなよ。闇に喰われるとここでは言われているからな。」
夜はボムの時間だ。空一面ボムに包まれて真っ暗になる。
「え、何それ、本当?」
「迷信かもしれないけどみんな守ってるから。特に雨の日の夜は魂がつゆと消えるとも言われているから特に注意だ。」




