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2.俺の日常への侵食

咲にバッグを買った後、またやる事がなくなってベンチに座って空を見上げた。毎日変わらない同じ空が広がっている。ここからは太陽は見えない。


そんな事を気にする奴らも、太陽の存在を知っている奴らもここには限られた人しか居ない。まあ、太陽だろうが何であろうが明るい事には変わりないし生きて行く上では何の意味もない。


今日は何故か地上の事をよく思い出す。もう七十年以上も前の話なのにまだ記憶は残っている。

さっき来た咲のせいだろうか。


咲は前に来た二人みたいに妊婦でも学生でも無いから早めに独立してもらおう。でもあの抜けっぷりでは別の意味で独立は難しいかもしれない。

どちらにしても流石に初日から長く放っておく訳にはいかない。そろそろ夕飯の材料を買って帰るか。そう言えばタンパク質がどうのって言っていたから店員にでも聞いてみよう。


タンパク源を聞いてポルクールを買ってから風通路に向かう。風通路に乗る時に思わずさっきの咲のまごつきを思い出して一人笑っていると周りから奇異な目で見られる。全く…人の世話をするのはこれだから嫌なのだ。


家に帰ると早速ご飯の支度を始めた。久しぶりに多めにご飯を作ると気分がいい。疲れているだろうから暖かいスープが良いだろう。

夕飯が出来たので咲の家に迎えに行くと咲の家の灯りが付いていない。まだスクエアから帰っていないのだろうか。それともまだ外が明るいから灯りを灯していないだけなのだろうか。


嫌な汗が額を伝う。スクエアに居たのもそうだが、ネコ()は予想しない行動に出ることは十分にあり得る。咲の家に寄ってから家に帰れば良かったと少し後悔する。

夕方の肌寒い風が心の不安を煽る。これからは、地上から来た初日は一日付き添うことにしよう。得られる半日の自由よりも、ずっと心の健康に良い。


ザクザクと音の鳴る石の敷き詰められた庭を通って咲の家のドアを何度かノックするが反応がない。

庭の葉っぱがカサカサ鳴っているが今の俺には草が何を言っているのか分からない。


幸いここの世界の家には鍵がないのでそっと扉を開けると机に突っ伏している人影が見える。咲、まさか…

思わず駆け寄って体を揺さぶって反応を見る。


「おい、咲、大丈夫か??」

顔を近づけると息を感じたのでとりあえず生きていることが確認出来てほっとする。


ん?俺はなんで生死の確認なんかしたんだ?天界(ここ)は体があると言う事は生きていると言う事だ。風邪を引いたり、病気になることはない。なんでそんな基本的な事を忘れたのだろう。


「うーんんん、アンセどうしたんですか。」

呑気に目を覚ました咲の声にイライラする。


「どうした、じゃないよ、全く。ドアをノックしても出てこないし、灯りは付いてないし、お金もないお前がこの時間に家にいないはずもない。心配して家に入ってみたら、これだ。」

何だったんだ、心配して損した。咲はきょとんとした顔で俺を見つめている。

そうだ、俺が勝手に心配してイラッとして咲に八つ当たりしているのだ。分かっているが気持ちは収まらない。


「…寝てたなんて…はぁ。まあ、いいよ、元気なら。ほら腹減っただろ?飯行くぞ。」

話しているうちにバカらしくなった。咲は何も考えていなかったに違いない。俺も腹が減って少し気が立っていたのだ。さっさとご飯にしよう。家を出ようとすると後ろから呼び止められる。


「あ、ちょっと待って下さい!鍵、鍵はどうするのですか?見当たらなくて。昼間は取られるものもないしと思ってそのまま出掛けたんですが。」

「鍵?どこの?あぁ、家の?ああ、ここには泥棒とかいないから鍵は要らないよ。鍵が付いてるのはトイレと風呂くらいだな。悪気はなくても鍵がないとうっかり開けてしまうこともあるからな。」

そうだ、そのお陰で今の心の平穏があるのだ。この家に鍵が掛かっていたら心配で飯どころではなかった。来た初日に行方不明は非常に都合が悪い。


咲が来てからまだ一日と経っていないのに落ち着きがなくなってしまった。おかしい、こんな筈ではなかった。少なくとも前の二人の時は、忙しかったものの俺の精神的平安が侵されることはなかった。


少しでも心の平安を取り戻すために自分の家に急ぎ帰る。後ろから小走りな足跡がするから咲はついて来ているだろう。

半分投げやりに、さっき作ったご飯を温め直す事もせずに机に並べる。


「座れよ。飯ちょっと冷めたかもしれないけどまあ、いいだろ。」

腹が減っていたのか咲の目がパァッと明るくなってガタガタと大きな音を立てながら椅子に座る。静かだった空間が騒がしくなる。



「美味しそう!いただきます!」

そう言ったのになかなか手を出さない。何か変な物でも入っていたか?急に不安になる。


「…この茶色のなんですか。見た目お肉っぽい?」

「タンパク質、タンパク質うるさいから、聞いてきたんだよ。それは豆で出来てるポルクール。スーパーでも売ってるから買ってみたら?味付きもあるし、素材のままのもあるよ。」

「アンセって、適当そうな見かけによらずとても親切で面倒見がいいですね。びっくりしました。」

お礼どころかまさかの上から目線にびっくりして思わず声を上げる。


「褒めてないよな、それ。料理できるなんてステキです!とか、カッコよくて惚れそうです!とか色々言葉はあると思うんだが。」 

なんでだろう、腹が立ったはずなのに何を言っているんだ。まるで俺を認めて欲しいみたいじゃないか。自分の言葉に驚いていると、咲は無反応でスープを食べ始める。


「今日一番のご飯でした!ようやく心もお腹も満たされました。」

咲が美味しそうに完食するのを見て思わず笑顔になる。本当に美味そうに食べる奴だ。それにしても、俺の話を聞いていないのか、いまいち話が噛み合ってない気がする。気が動転しているからなのか、そもそもなのか、まだよく分からない。


「…あのさ、敬語ももう良いから。」 

まず、咲の言っている事と口調が合っていない。普段敬語とは無縁な生活をしていたのだろうか。もしかして社会人経験者ではないのか。これからの生活を、金の心配をしていたからてっきり働いていたのかと思ったが、そうではないとすると苦学生だったのか。何にせよ今日は慣れない事をしたから疲れているんだろうと思う。


「ごめん、ちょっと心の声が漏れちゃったけど、すっごく感謝してます!本当に。ちゃんと出世払いするから期待してて!」

感謝を口にしているが、反省しているとは思えない。大体、心の声は漏らすものではない。


「…期待しないで待ってるよ。とりあえず食べろ、初日はなんだかんだで疲れるからな。今日は許してやるよ。」

疲れてこれ以上素面で会話を続けられる自信がなくなってきた。


酒を勧めると飲むと言うので、改めて乾杯して飲み始める。初対面なのにもう三杯目だ。少しは警戒した方がいいのではないか。世話係とは言え、俺は初対面の男だ。

忘れないうちに生活基盤の説明だけするが明日まで覚えているだろうか。でもまあ、いい。俺の初日の説明責任は果たした。


「アンセ、なんでそんなにチャラい格好してるの?街の人たち見たけどみんななんと言うか普通のシャツにズボンやスカートだったよ。アンセみたいな感じの人居なかった気がする。カッコいいんだからさ、ステキコーディネートしたらいいのにもったいない。」

くびっと美味しそうに酒を口にしながらまたしても心の声とやらを漏らし始める。


「余計なお世話だよ。今日は仕事着なの。建築の仕事してるからな汚れてもいい服着ているんだよ。しかもお前が腹ペコかなと思って着替えずにご飯作ったのに、全く失礼な奴だな。」

仕事着と言ったが明確にはそんなものはないし、着替えもない。休みも含めて毎日仕事しているからちょっと汚れているか、マシなやつかくらいの違いしか無い。

…でも久しぶりに受けた他人からの助言は少し考えても良いかもしれない。


そうだ…明日のクノーリアンに歓迎会を兼ねて呼んでやるか。あそこに行くには正装が必要だから服は注文済みだしビシッと決めたところを見せられる。

…まずい、随分前に出来上がっている服を取りに行くのを忘れていた。


「そろそろ酒はやめて家帰って寝てろ。もう、今日はおしまい。明日いいとこ見せてやるよ。」

とりあえず時間が分かるように時計草を株分けしたものを譲っておく。

前に来た奴らの分は前に居た人の分や学校から分けてもらった。

本来、時計草は家族が独り立ちするときに株分けするもので、然るべきときに時計草は子株を育てると言われている。家族もいないのに俺の時計草は、調子が狂ったのか、小さな株が分かれていたのでちょうど良かった。


咲はおやすみ、と言って自分の家に入って行った。

ようやく俺の長い一日が終わった。ベッドに入るといつのまにか眠っていた。


翌朝、いつもよりスッキリした気分で目覚める。

今日は服を引き取ってからクノーリアンに行くので仕事を早目に終わらせないといけない。朝飯を咲の分も作るとテーブルに置いてさっさと家を出る。


今日の作業は、窓縁の最後の仕上げだ。大枠のデザインは出来ているからあとは、微調整をして磨きをかけたらお終いだ。我ながら計画的に仕事が進んでいる。


作品を取り出して、微調整をかけていると先日まで良い出来だと思っていたのになんだかしっくりこない。ここはこうして丸みをかけて、その縁は細かく切れ目を…段々と微調整と言うよりやり直しに近くなってきた。まずい、納品は今日なのだ。終わらないかもしれないと、ちょっと気持ちが焦る。

工房長のルサーイが珍しくやり直しですか、と声を掛けてくる。


「大したことないですよ。」

「焦らず落ち着いてやって下さい。前のでも十分繊細で良かったですが、新しい方が生き生きとしていて、私は好きですよ。」

「…ありがとうございます。」

彫刻に生き生きしてるなんて表現はどうかと思うが、ルサーイは意外とセンスがいいので悪い気はしない。でも焦っているのがバレているとは…感情を隠すことには長けていると自負していたがそうでもないのか。


昼飯を抜いてなんとか作品を仕上げると今までよりもコントラストのある美しい窓縁が出来た。

うん、渾身の作品だと自画自賛する。

自惚れるなと言われるかもしれないが自分で惚れ込めないものを他人が喜んでくれるはずが無いと思っている。


「…どうなるかと思いましたが、素晴らしいものが出来ましたね。新しい作風ですね。」

ルサーイがそばに来て作品を一緒に眺めている。残念ながら俺はこの人と喜びを共有する趣味はない。

さあ、早く出てクノーリアンに行く準備をしよう。


服飾店で急いで服を受け取るとそのまま着替えさせてもらった。ついでに髪も整えてくれるとは流石のサービスだ。着ていた服は預けて後日引き取りにしておく。

そう言えば咲は大丈夫だろうか。待ち合わせのつもりで来たが時間が読めないのに来れるのかどうか怪しい。


待ち合わせの場所に歩いて向かっていると既に咲らしき人の背中が見えた。背中の開いたノースリーブに長いスカート姿で髪型も整えている。折角、いい感じの装いなのに手には中身がはみ出している大きな荷物を持って、キョロキョロと挙動不審で落ち着かないのは残念なところだ。

それでも何人もの男がちらちらと咲を見ている。足早に咲に駆け寄って声を掛ける。

 

「おい、どこ見てんだ?」

俺の声にビクンと反応する姿は相変わらず小動物のようだ。装いとその動きが不釣り合いで思わず笑ってしまう。


「誰かと思った、紳士に見えるよ。」

またしても上から目線の感想を投げられるが褒められて悪い気はしない。


「お前も馬子にも衣装だな。行くぞ。」

折角、褒めようと思ったのに上手くいかない。

二人で並んで歩き始める。着飾った女性と並んで歩くなんて天界では初めてかもしれない。


咲のドレスではこの季節、まだ寒いのだろう。手で腕をさすっている。季節の温度感くらいは分かるだろうにやっぱり抜けている。仕方ない。肩にジャケットをそっと掛ける。スカートだと思っていたのはヒラヒラとしたパンツだったようだから足元は寒くはない筈だ。


「本当にアホだなお前。抜けてると言うか。」

「抜けてるってひどい!おしゃれは我慢なのよ。」

「慣れない場所で体調崩したらどうするんだよ。今寝込んだら俺が面倒なんだよ。だいたい風通路に一人で乗れない、初対面の相手と飲んで酔いつぶれる、二日酔いで起きれなくて家で着替える時間がなくて大荷物、とろくて危機管理が出来てないって危なすぎるだろ。」

つい言いすぎる。天界では風邪を引くことはないのに、地上(グランド)の感覚で話をしてしまう。

咲といると調子が狂う。それでも咲は反省したようで静かになったので良かった。


「分かればいいよ、ほら着いた。」

クノーリアンに着くと自分の作ったロートアイアンの看板が目に入る。作って随分経つが丁寧に手入れをされているようで、いい感じに年季が入りつつ作った時の美しさを保っている。

愛され大切にされている自分の作品を見ると誇らしくなる。


「ステキ!なんか外国のレストランみたい!」

咲のテンションが上がっているの見て自分の作品が誉められたようで俺も嬉しい。


咲をエスコートしようと手を差し出すと、それに気づかず咲は一人でさっさと店に入ろうとするので笑ってしまった。仕方なくさっと先に回り咲の前に進んでドアを開ける。これくらいはされた事があるだろう。

咲は俺に一瞥するとそのまま店の中に入って行った。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」

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