引用 水野蒼「花咲き舞い降りる」より
(中学3年生の優斗と咲は、高校生になった後の生活を話合っていた。)
「私達…これからどうなるんだろうね。」
下を向いた笑顔の言葉には、将来への不安がある事を優斗は察していた。その不安に優斗も目線を下げる。
「…。」
雨音が、沈黙を続ける2人の空間に充満する。いつの間にか2人以外の生徒は居なくなっていた。
咲は遠くに行ってしまう。どんな事情なのかは聞いていないが、その事について話す時の咲の顔は今の様に沈んでいる様に見えた。だから聞く気にもなれなかったし、聞いてはいけないとも思った。
「私さ…どうしたら良いんだろうね。」
「…。」
その問いも、また虚空に響くばかり。返答はない。返すことが出来ない。返すことが出来たら…。
ふと、咲の顔を見る。そこには、さっきのから元気の笑顔は無かった。目尻に涙を溜め、瞳孔を揺らし、悲痛を露わにする顔。
優斗は、その顔に目を離す事が出来ずに居た。そして、自分も顔を歪めた。自分への情け無さと、咲への心配が混ざり合って、目頭が熱くなった。俺は泣いちゃいけないのに。一番泣きたいのは咲なんだ。俺が泣いてしまったら、彼女は本当にどうすれば良いんだ。
「俺さ、」
その先なんて、何も考えていないのに。言葉が考えるよりも先に出ていた。
「俺、お前に手紙書くよ。」
「え?」
不意を突かれた様にきょとんとした顔をする咲。
「楽しい事いっぱい書くから。友達出来た事とか、テストでいい点取った事とか。だから、お前もいっぱい楽しいこと書いた手紙書いてくれよ。」
「…でも。」
「咲!」
急に出した声にまた戻り始めていた咲の視線が、優斗に引き戻される。
「咲は、確かに人と関わるのが苦手で、暗い顔してる時が多かったかもしれないけどさ、今咲には友達が沢山いるじゃないか。瞳とか、阿部とか、俺だって、お前の友達じゃないか。」
「でも…それは優斗君が居てくれたから。」
「違うよ。咲は、こんなに柄が悪くて、怖い顔してる俺に話しかけてくれただろ。あの時咲は勇気を出しただろ。俺は嬉しかったよ。クラスでも除け者扱いをされてた俺に話しかけてくれた事が、すごく嬉しかったよ。」
「…。」
一度溢れた想いは、止まる事をしなかった。
「だから、だから俺は、友達ができたんだ。咲のお陰で、友達が出来たんだ。陸上部の奴らとも仲直り出来たんだ。沢山笑顔になれたんだ。それも、全部咲が居てくれたからだ。」
一度溢れた涙は、止まる事は無かった。
「咲、お前はすげぇよ。お前のお陰で、俺今こんなに幸せなんだよ。だから…だから。」
言葉が出てこない。喉が、上手く言葉を発してくれない。流れる涙が、彼女を映してくれない。
「お前も…幸せになってくれよ…。」
やっと、言い切った。溢れでた想いが、言いたかった言葉が、ようやく口から出てくれた。
「優斗…君…。」
咲の声も、どうしようもないくらい揺れていた。涙が、止めどなく流れていた。それでも、優斗を見つめていた。
「ありがとう…ありがとう。本当に…ありがとう。」
咲は、その言葉を繰り返した。何度も何度も感謝の言葉を述べた。でもそれでも足りないくらい、彼への気持ちは大きい物だった。
涙を流し合い、言葉をかけ続ける優斗と咲を、夕日は見守っていた。