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花扱いされるってのはな、枯れたら捨てるって意味なんだよ。

オフィスの空気は、妙に張りつめていた。

それは誰も言葉にしないが、誰もが知っている“悪意の循環”だった。


「おい、また例の子が資料ミスったらしいぞ」

「だから言ったろ、“若い女”なんて見た目だけで採るからこうなるって」

「どうせすぐ結婚して辞めるよ。育成コストの無駄なんだって」


それは陰口ではない。

堂々と職場に撒かれた、**“聞こえるように放たれた攻撃”**だった。


標的となっていたのは、新卒2年目の岡野千尋(25)。

真面目で勉強熱心。にもかかわらず、直属上司・**杉本隆志(53)**による“性別役割決めつけ”に苦しめられていた。


「君はね、空気を和ませる役なんだよ」

「お茶出しや受付、男にはできない大事なことなんだから」

「昇進? はは、君は現場の“華”でいてくれればいいよ」


千尋は笑顔でやり過ごしながら、心の奥で音を立てて崩れていた。

その日の帰り、トイレの個室で声を殺して泣いた。



数日後、善光寺の元に届いた一本の通報メール。


「若い女は現場に花を添えるための存在、と言われました。

昇進希望を伝えたら、鼻で笑われ、“育てる価値がない”と。

あの日から、自分の存在すら否定されたような気がして、涙が止まりません。

あの男に、“正しさ”を教えてください」


善光寺はメールを閉じ、ロングコートを羽織った。


「“花”扱いってのはな、“枯れたら捨てていい”って意味だ。

女であることを理由に価値を線引きした瞬間、そいつはもう“加害者”だ」



翌朝。

《京浜テックソリューション》の朝礼が始まる頃、ドアが重々しく開かれた。


黒のロングコート。背には白文字――“対ハラ”。

善光寺 善、現場へ乗り込む。


「失礼。今日は“花を見に”来た」


ざわつくフロアに、杉本が顔をしかめて立ち上がる。


「なんですか、勝手に押しかけて。何の権限で――」


「じゃあ、あんたが“女性は華だから昇進不要”って言った“権限”を先に教えてもらおうか」


「……は?」


善光寺はファイルを開く。


「“若い女は責任ある仕事に向かない”“女は家庭があるから昇進はリスク”

“目立たせたいなら女性を前に置け”――あんたの発言、録音・記録済みだ」


杉本は「誤解だ」と言いかけるが、善光寺が制す。


「“向いてない”と決めた根拠は、スキルか? 経験か? 性別か?

……どれだよ」


杉本は黙った。


善光寺は一歩踏み出し、声を低くする。


「“気が利く”“明るい”“空気が柔らかい”──そんな曖昧で主観的な言葉で部下を評価してんじゃねぇ。

中身じゃなく“印象”で人を判断するのは、管理職失格だ」


「“女は結婚して辞めるから昇進させない”?

それ、“労働施策総合推進法 第30条”に明確に抵触してる。

昇進・配置に性別を理由とした差別をしてはいけないと、法律に明記されてんだよ」


「加えて、厚労省の“パワハラ防止指針”にも該当。

“性別による過小評価・昇進妨害”は、明確なハラスメント。

放置した会社も、“使用者責任”を問われかねない」


杉本は、必死に言い訳を口にする。


「いや、育ててもらいたいなら、それなりに意欲を示さないと──」


「彼女は示してた。なのに、あんたが“育てる価値がない”って決めつけた」


善光寺は鋭く睨みつける。


「それ、部下の努力を見殺しにした加害者の論理だ」


オフィスの社員たちが徐々に顔を上げる。

ふだんは声を出せなかった者たちが、今は静かに杉本を見つめていた。


「“芽を摘んだ”のは彼女じゃない。あんただ。

若い女性を“飾り物”扱いして、チャンスを潰して、それを“本人のせい”にしてきた」


「“育てる価値がない”じゃねぇ、“育てなかったこと”を恥じろ」



社内調査の結果、杉本による“女性軽視発言”と“昇進妨害”は複数の証言と記録により立証された。

また、杉本のチームで女性社員の退職率が極端に高いことも判明。


会社は以下の処分を即日発表した:

•杉本隆志:懲戒処分(降格・配置転換)

•管理職対象の無意識バイアス再教育プログラムを導入

•昇進基準の公開・透明化、ジェンダー評価の第三者監査制度導入


さらに、善光寺の推薦により、岡野千尋は次期プロジェクトリーダーの補佐役として正式任命された。


後日、彼女の元に一通の社内便が届く。


「あんたは“花”なんかじゃなかった。

最初から、根を張ってた。

次は、あんたが芽を伸ばす番だ」


差出人には、こう書かれていた。――善光寺 善



夜の交差点で、善光寺は独りつぶやいた。


「“若いから”“女だから”って言葉で、誰かの未来を折るヤツ。

俺は、そういう“刃物”みたいなやつを、片っ端から折ってやる」


夜風がロングコートの裾を揺らし、白い「対ハラ」の文字が闇に浮かんでいた。

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