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体罰は“教育”じゃねぇ、“支配”だ

土曜の朝、都内某所の市立中学校。

グラウンドには、怒号が響いていた。


「てめぇ、何度言ったらわかんだよ! 走り込みが足りねぇから負けんだろ!」


バシッ――!


乾いた音が響き、生徒の頬が赤く腫れる。

体育教師・山名恒一は、生徒の前で容赦なく平手を飛ばしていた。


「……すみません……」


「謝って済むなら警察いらねぇんだよ!」


それを見つめていた若手教員は顔を強張らせたまま、何も言えずに立ち尽くしていた。


その時、グラウンドの奥から黒いロングコートの男が現れる。

背には白く浮かぶ文字――「対ハラ」。


善光寺 善。

ハラスメント対策特殊部隊、本日も出動である。



「失礼する。ハラスメント対策特殊部隊本部長、善光寺だ」


山名が眉をひそめる。


「……ああ? 今は部活の時間だ。外部の人間が勝手に入ってくんな」


「教育の場だから来た。……“教育”と“支配”の区別もつかねぇ指導者が暴れてるって通報があってな」



数日前。

市の教育委員会に、保護者からの通報が入った。


「息子が部活で殴られた。顧問は“指導だ”と開き直り、学校も曖昧な態度を取っている」


教育委員会は過去の相談記録を洗い直し、部内での暴力が常態化していた疑いがあると判断。

善光寺に調査の要請が下された。



職員室。

善光寺は山名の前に、ある資料を並べた。


「これは、保護者が撮影した写真だ。腫れた頬、擦りむいた腕、練習後に泣きながら帰る姿。全部、あんたの“指導”の結果だ」


「……指導だよ。昔は当たり前だった。今の子どもは甘やかされすぎなんだよ」


善光寺の目が冷たくなる。


「“昔”は免罪符にならねぇ。

お前のやってるのは文科省が定めた明確な体罰。令和2年改訂の基本方針にも書かれてる。“身体的・精神的苦痛を与えることは、教育の名目でも違法”ってな」


山名が声を荒げる。


「だがな、俺は30年こうやって部を強くしてきた! 勝つためには厳しさが必要だ!」


「じゃあ聞こう。その30年で、何人の生徒が辞めた? 夢を諦めた? “部活”という言葉に怯えるようになった? それでもまだ誇れるか?」



善光寺は続ける。


「2015年の大阪地裁の判例では、柔道部顧問が平手打ちしたことで生徒がうつ病になり、約400万円の賠償命令が下った。

お前の行為は、刑法208条の暴行罪に該当する。さらに、生徒に障害が出れば傷害罪(204条)、教育者としては地方公務員法29条に基づく懲戒処分――最悪、免職だ」


山名が一歩下がる。善光寺は畳みかけた。


「“体罰は愛のムチ”なんてもう通用しねぇ。

子どもを導くのに必要なのは“理解”と“対話”だ。

手を出すのは指導力のなさを暴力でごまかしてるだけ。お前のやってることは、“恐怖”による支配だよ」



その後、善光寺は生徒全員の前に立った。


「殴られても、“自分が悪い”と思うな。

悪いのは、“暴力で従えようとした奴”の方だ。

教育とは、信じて教えて、共に考えること。“押さえつけること”じゃねぇ」


生徒たちは沈黙の中、次第に頷き始め、そして一人が拍手を送った。

拍手はやがて全体に広がり、涙ぐむ者もいた。



その後――


・山名は無期限の指導停止処分に

・学校は第三者相談窓口の設置と部活動の再構築を決定

・教育委員会は市内全校に再発防止の徹底通知を発出し、対話中心の部活動指導方針を共有



校門を出る善光寺に、同行していた神田が問う。


「……どうして、そんなに怒ってたんですか?」


善光寺は苦く笑う。


「“厳しさ”は、子どもを鍛える力になる。だが“暴力”は、子どもを壊す力だ。

……その区別もつかねぇ奴に、子どもを任せちゃいけねぇんだよ」


彼のコートの背には、今日も白く光る文字――「対ハラ」。

善光寺は次の現場へと、静かに歩みを進めていった。

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