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カスハラは“消費者”の名を借りた暴力だ

午前11時半、東京都内のドラッグストア。

レジ前に、怒声が響き渡っていた。


「はァ!? 薬が出るのが遅えんだよ!! てめぇんとこ、サービスってもんを知らねぇのかよ!!」


50代と思しき男が、マスクを顎にずらし、カウンターを何度も叩いていた。

薬剤師の女性は唇をかみ、顔を青ざめさせている。


「申し訳ありません、ただ今混み合っておりまして……」


「混んでる!? そんなもん、俺には関係ねぇ! 俺は客なんだぞ!」


その時だった。


店の奥から、無言のまま一人の男が歩み出る。

黒のロングコート。背には、白く浮かぶ4文字――「対ハラ」。


「その通りだな。お前は“客”だ。……だが、“神様”じゃねぇ」


善光寺 善、ハラスメント対策特殊部隊・本部長、現場到着。



数時間前――


「本部長。近隣店舗にて、カスタマーハラスメント常習者の通報です。

今回で3回目。スタッフが接客中に泣き崩れたと」


「3度目か。いいだろう。理と証拠で叩き潰す。準備しろ」



善光寺の登場に、空気が一変する。


「……なんだテメェは。関係ねぇなら黙ってろ!」


「“黙ってろ”はこっちの台詞だ。

俺は善光寺 善。ハラスメント対策特殊部隊・本部長。

お前みたいな、“声がデカいだけの自己中客”を黙らせるのが俺の仕事だ」


「ふざけんなよ。俺は“客”だぞ!?」


「“客”であることが暴言の免罪符になると思ってんなら、今すぐその幻想、叩き壊してやるよ」


善光寺が手元の端末を操作。

画面には、監視カメラ映像が映し出される。

映っているのは、薬剤師に向かって「バカ」「クズ」と繰り返し暴言を浴びせる男の姿。


「これはお前が一方的に**侮辱罪(刑法231条)**に該当する発言を繰り返した証拠だ。

1回目:『陳列が悪い』

2回目:『説明が長い』

3回目:『薬が遅い』

理由は毎回バラバラ。だが、怒鳴るという手段は常に同じ。

これは“要求”じゃない。“威圧”と“支配”だ」


「そ、それでも俺は……金払ってんだぞ! 金を払ってんだから、サービス受けて当然だろ!」


善光寺は一歩、男に詰め寄った。


「金を払えば店員に何をしてもいいというその考えが、今全国の小売・医療現場を破壊してんだよ」


「……っ」


「2020年、厚労省は“カスタマーハラスメント対策マニュアル”を配布した。

同年、労働政策研究・研修機構は報告書でこう述べてる。


“過度なクレーム対応が従業員の心身に悪影響を及ぼし、退職・精神疾患の直接的原因となっている”


お前のその怒鳴り声が、誰かのキャリアを潰し、体を壊してんだよ」


「な、なんだよそれは……」


「さらに、2022年12月、名古屋地裁でカスハラ客に対して慰謝料支払いを命じた判例が出た。

“店員に対する執拗なクレームと人格否定が社会的相当性を逸脱している”として、侮辱・名誉毀損・業務妨害が成立したんだ」


善光寺は店内を見回した。


「この店舗の平均調剤時間は13分42秒。お前の処方は15分ちょうど。

医療法施行規則第17条に則った標準時間内。

“早くしろ”という主張は、単なる“根拠のない圧力”でしかない」


男は完全に沈黙した。



善光寺は、震える薬剤師にそっと声をかける。


「……今日まで、よく耐えたな。もう大丈夫だ」


女性は、目に涙を浮かべて深く頷いた。


「ありがとうございます……」


善光寺は、男に冷ややかに宣言する。


「本部として、お前を系列全店の“出入り禁止”とする要請を行った。

また、当該映像と証言は、法的措置のため弁護士会と共有済みだ」


男は、青ざめた顔で店を後にした。



数時間後。


善光寺は、神田のいる執務室へ戻ってきた。


「本部長、今日のあの一言……“神様じゃねぇ”って、あれ全国放送してほしいですよ」


善光寺は、コーヒーを一気に飲み干した。


「“お客様は神様です”って言葉、本来は演歌歌手の美空ひばりが“自分を律するため”に使った言葉だ。

“客に使われるべき言葉じゃない”。

履き違えた“神様気取り”には、俺が代わりに天罰を下す」


神田が次のファイルを差し出す。


「次は……“ブラック部活の体罰指導”です」


善光寺は、静かに立ち上がった。


「言っとく。“教育”と“暴力”は別物だ。

“心を育てる”ってのは、“体を壊す”ことじゃねぇ」


背中の「対ハラ」の文字が、再び光を帯びる。


「次は学校に、正義の鉄槌を落としに行くーー

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