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マタハラは“優しさ”の皮を被った暴力だ

「本部長、次の案件です。産休明けの女性社員が“自主退職”に追い込まれたと訴えてきました」


ハラスメント対策特殊部隊の執務室。

善光寺 善はコーヒーをひとくち啜り、書類に目を落とした。


「“自主退職”ねぇ……。言い換えりゃ“穏やかな追放”だな。場合によっちゃ、れっきとしたマタハラだ」


「被害者は水谷 梨沙(33歳)、大手インテリア企業フェリクスの営業部。今月、産休・育休から復帰しました」


「加害者は?」


「営業課長の白河しらかわです。45歳、既婚、子ども2人」


「行くぞ」


黒いロングコートの背に、赤く刻まれた“対ハラ”の文字が揺れる。



都内、港区。

《フェリクス》本社ビルの応接室。


向かい合うのは、蒼白な顔の水谷と、不機嫌そうな白河。


「……本日より、ハラスメント対策特殊部隊の善光寺だ。社内問題? 違うな。これは、“社会問題”だ」


善光寺は机の上に水谷が提出しかけた“退職届”のコピーを置いた。そこには、震える文字でこう記されていた。


「子どもが熱を出しただけで職場に迷惑をかけることが、申し訳ないです。

時短勤務では、営業として力不足だと感じています」


「水谷さん、“辞めたい”って言った理由、聞かせてくれ」


水谷はゆっくりと、言葉を絞り出した。


「……復帰初日から、白河課長に“仕事を優先できないなら無理だろ”と言われました。配属予定だった案件は後輩に回され、私は“サポート”とだけ言われて。……自分の席がなくなったような気がして」


善光寺はうなずき、白河に視線を向けた。


「お前、これは“配慮”のつもりだったのか?」


「そりゃそうだろ。急に休まれたら困るだろ。職場は遊び場じゃない。俺はむしろ気を遣ってやったんだ。負担にならないようにな」


「ほう、“気遣い”? お前、何か勘違いしてるようだな」


善光寺は机に法律資料を並べ始めた。


「男女雇用機会均等法第9条では、

妊娠・出産・育児を理由にした不利益取り扱いは明確に禁止されてる」


「いや、でも明確に“辞めろ”なんて言ってない!」


「言ってないことが問題なんだよ」


善光寺が声を強めた。


「“案件を外す” “誰も話しかけない” “仕事を渡さない”

“チームに入れない”

これ全部、**“黙殺型マタハラ”**ってやつだ」


「……」


「お前がやったのは、“気遣い”でも“戦略的配慮”でもない。

ただの排除だ。

しかも悪質なのは、“本人に選択の余地がない”形で

辞めるしかない雰囲気を作ったこと。これは立派な退職強要だ」


白河が顔をしかめる。


「おい、俺だって職場のバランス取らなきゃならねぇんだよ! 他の社員だって不満あるだろうし!」


「それが管理職の仕事だろうが!」


善光寺の声が室内に響き渡る。


「バランスを取るのが嫌なら、最初から課長なんてやるな。

部下に子どもがいるからって、その未来ごと切り捨てていい免罪符にはなんねぇんだよ」


善光寺はさらに畳みかけた。


「過去の判例では、育休明け社員に対し

“業務から外す”“昇進させない”といった対応を取った企業に

300万円以上の損害賠償が命じられてる」


「っ……」


「子どもがいる社員がいなくなるのは“損失”だ。

だが、管理職の名のもとにその人間性を否定する奴が残ることこそ、組織の“腐敗”だ」


白河はうつむいたまま、何も言えなくなった。



神田がそっと近づいて囁いた。


「本部長、他にも同様の退職者が2名。

すでに法務課と社内監査部に通報済みです」


善光寺はゆっくりと水谷に目を向けた。


「……水谷、お前は“甘えてる”なんてことは、一度もしてねぇよ。

“戻ってきた”時点で、もう十分戦ってるんだ」


水谷の目に、涙がにじんだ。



その後、白河は人事部付けの研修行き。

会社は全営業管理職に対しマタハラ防止の義務研修を実施。

また、水谷には正当な業務復帰が保証され、彼女の案件も正式に復活した。


善光寺は再び執務室に戻る。

机の上には、新たな案件ファイルが届いていた。


彼は無言でそれを開き、コーヒーを一口。


「“声にならねぇ圧”ほど、根が深い。

だが安心しろ――俺は“空気ごとぶった斬る”」


黒コートの背に刻まれた“対ハラ”が、静かに光を放っていた。


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