それ、指導じゃなくてパワハラです
「善光寺本部長!例の件、現場に入りました!」
部下の神田が肩で息をしながら報告してきた。額に汗を浮かべ、ただならぬ様子だ。
「よし、現場に案内しろ」
善光寺 善、通称“論破王”。
内閣直轄・ハラスメント対策特殊部隊の本部長。
彼の任務はただ一つ――加害者を論破し、制裁すること。
その背に揺れるのは、黒いロングコートに赤く刻まれた『対ハラ』の二文字。
今回の現場は、都内広告代理店『グローイングブレインズ』。
若手社員の自殺未遂を受け、内部告発が相次いだ。
通された会議室は張り詰めた空気に支配されていた。
「……で、どいつだ。加害者は」
「部長の天谷です」
告発者の一人、若手社員の三浦が声を絞り出した。
「呼べ」
⸻
数分後、部長の**天谷貢(あまや・みつぐ/54歳)**が現れる。
ブランドスーツを着て、肩を怒らせるその姿は威圧そのものだった。
「おいおい、俺が何かしたってのか? 部下が勝手に潰れてるだけだろうが」
善光寺は黙って、書類の束をテーブルに投げ出す。
そこには録音記録、チャット履歴、社員の証言がファイリングされていた。
「お前が三浦に言った“この仕事ができないなら生きてる価値ないだろ”、
これは“業務上の適正な指導”か?」
「……それは、その……」
「“死にたきゃ勝手に死ね”
“お前の代わりはいくらでもいる”
“お前がいると空気が腐る”」
善光寺は淡々と読み上げる。
「これは指導じゃねぇ。
人格の破壊だ。
お前がやったのは、“業務命令”に見せかけた精神的暴力だ」
天谷は眉をひそめる。
「俺だって上からのノルマがある。部下に甘い顔してたら数字は取れねぇよ!」
「プレッシャーを“暴力”に変換して部下にぶつけるのは、
マネジメント能力の欠如を晒してるだけだ。
“死ね”って言わなきゃ数字出せねぇ上司に、部下を育てる資格はねぇ」
「そんなの、どこの会社でもあることだ!」
「じゃあ教えてやる」
善光寺は一歩前に出て言い放った。
「お前の発言は、
① 労働契約法第5条(安全配慮義務違反)
② 民法709条(不法行為)
③ 刑法222条(脅迫罪)
すべてに該当する。
訴えられたら、お前の人生、終わるぞ」
「っ……!」
「過去の判例もある。
東京地裁平成28年判決では、“お前の代わりはいくらでもいる”という発言だけで、
110万円の慰謝料支払いが命じられた。
さらに“死ね”という発言を複数回行った場合、
名古屋地裁では“社会的殺人未遂と同等の重みを持つ”と認定されている」
「な、なんだよそれ……」
「お前のやってたことは、
“社員を殺すための詰問”だ。
その証拠に、一人自殺未遂してんだろうが」
天谷は椅子に崩れ落ちた。唇が震えている。
善光寺は静かに言った。
「“成果主義”は“殺人免罪符”じゃねぇ。
命をすり減らさないと回らねぇ組織なら、もうそれは“企業”じゃなく“刑場”だ」
⸻
その日の午後、天谷には懲戒解雇が通達された。
会社は全社員対象の外部ハラスメント研修を導入し、内部通報制度の見直しを発表。
また、自殺未遂した社員に対しては**正式な謝罪と損害賠償(200万円)**が支払われた。
三浦は、処分決定の翌日、善光寺に深く頭を下げた。
「……ありがとうございました。本当に……生きててよかった」
善光寺は無言で立ち上がり、背を向けて歩き出す。
「――おい」
三浦が顔を上げた。
「“死にたきゃ勝手に死ね”なんて言葉、
あれはお前に向けられたもんじゃねぇ。
むしろ、お前がそれに“耐えて生きた”ことが、何よりの証明だ」
「お前みたいな奴が、生き残って正しいことを言う社会に、
俺はしたいんだよ」
⸻
その夜、善光寺に5件目の出動依頼が届いていた。
彼はひとこと呟く。
「よし、次の地獄に行くか。
――“声を殺す奴”には、容赦はいらねぇ」