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プロローグ
「これはセクハラです」
「気持ち悪い」
「笑えない」
スクロールする指先より速く、
画面は次々に流れる文字で埋め尽くされていった。
映像は、ゲーム配信中のある一瞬。
偶然の角度と偶然の台詞、それが切り取られ、
拡散され、燃えた。
彼は冗談のつもりだった。
彼女も、笑っていた。
でも──その文脈は、
二分に切り取られた動画の中には存在しなかった。
いつからだろう。
誰かの正義が、
誰かの居場所を奪うようになったのは。
誰かの「不快だ」という声が、
当事者の「平気だ」を押し流すようになったのは。
“正しさ”の名のもとに振り上げられた拳は、
やがて画面の向こうのふたりをも殴った。
いつもと変わらないコラボ配信のはずだったのに。
あの夜を境に、空気は変わってしまった。
視聴者だった私は、息を詰めながら、
燃え広がるコメント欄を見ていた。
炎は誰かを断罪するために灯されたんじゃない。
誰かを守るためだったはずなのに──
※本作に登場する商品名・団体名・人物名は
すべてフィクションであり、実在のものとは
一切関係ありません。