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禍姫の嫁入り〜身代わりの花嫁は蛮王の最愛を得る〜  作者: 小蔦あおい
第2章 身代わりの花嫁

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第6話



 ガタン、と大きな揺れを感じて莉珠は目を覚ました。

「ん……」

 眠っていたのに気づいて慌てて背筋を伸ばす。居眠りなんかしていたら王荘にちくちくと嫌みを言われる。

 ところが顔を上げても、いつもふんぞり返っている王荘はいない。それどころか向かいに人が座れるほどの空間はなかった。この小さな空間には莉珠しかいない。


「公主様、大丈夫でしょうか?」

 外から気遣わしげな声がする。王荘とは違う柔らかな女性の声だ。

 莉珠の意識は一気に覚醒した。

「は、はい。平気です」

 返事をしたら、女性の安心した息遣いと離れていく気配がした。

 莉珠は小さく息を吐き、肩の力を抜く。

(そうだった。ここに王荘はいない。彼とは国境で別れたんだから)


 無理やり眠らされ、後宮から連れ出されたのはもう一ヶ月以上前のこと。目覚めてからの莉珠は、雹雪に言われたとおり菱甘石で毎日目を洗った。初めてこの石を使った時の驚きは今でも覚えている。

 赤眼は石の効能で焦げ茶色へと変化した。目立たない色になったので、莉珠が身代わりだと見抜かれる可能性は低くなったはずだ。



 辿り着いた国境では蒼冥国側の代表である翠月(すいげつ)に花嫁道具と共に引き渡され、数日掛けて天藍(てんらん)宮殿へ移動した。

 翠月は焦げ茶色の瞳をしていて、黒色の髪を後ろで一つに結んでいる。気さくな性格で話しやすいため、すぐに打ち解けられた。また、道中の身のまわりを世話してくれたのは、玲瓏(れいろう)という侍女頭だった。


 玲瓏は二十代後半の女性で、栗色の髪と灰がかった緑色の瞳をしている。

 いつも物腰の柔らかい雰囲気を纏っているので親しみやすく、莉珠を不安にさせないよう常に気を配ってくれた。

 二人がいてくれたお陰で旅の後半はとても快適だった。けれど、天藍宮殿に到着してからは息つく暇もなかった。


 運び込まれた嫁入り道具を一日がかりで確認し、次の日は朝から玲瓏に湯殿へ連れて行かれた。

 全身を綺麗に洗われた後は、香を焚きしめた下着に袖を通し、婚礼衣装に身を包む。

 結い上げられた髪には髪飾りがつけられ、顔には化粧が施される。最後に翡翠の豪華な宝飾品を身につければ、花嫁支度が完成する。

 こうして莉珠は婚礼の儀が執り行われる寺院へと向かった。つまり、今である。


 莉珠は化粧に気をつけながら額を手で押さえた。

(これから大切な婚礼の儀だというのに。しっかりしないと!)

 長旅の疲れなどが重なって眠っていた自分を叱った。

 ふと、手を動かした際に鮮やかな赤い衣装が目に入る。

 莉珠は身に纏っている婚礼衣装をまじまじと観察した。

 生地には金糸や銀糸の刺繍がふんだんに入り、贅を極めている。身につけている腕輪や首飾りも、頭につけている冠や髪飾りもどれも初めて身につけるものばかりだ。


 これまで簡素な着物ばかり着ていた莉珠にとって夢のような状況である。だが、それに身を包む莉珠の身体は自分でも気づかないうちに震えていた。

 これが緊張からくるものなのか、はたまた恐怖からくるものかは分からない。

 輿の中は絹の垂れ幕のせいで薄暗く、外の景色は遮られている。しかし、随行している兵や侍女たちの足音が増えてきたので、着実に目的地に向かっているのは分かった。


 さらに少し離れた目的地らしい場所からは、今日の婚礼の儀について話をしている何人もの声が聞こえてくる。

 膝の上に載せていた拳をぎゅっと握り締めていると、輿の動きがぴたりと止んだ。そのままゆっくりと下りていく。

「到着しました」

 玲瓏の発した声と同時に輿の扉が開かれる。


 莉珠は深く息を吸い込み、意を決して外に出た。玲瓏の手を借りて地面に足をつけると、伏せていた顔を上げる。

 真っ赤な毛氈(もうせん)の先には荘厳な寺院が建っていた。

 青天の下で厳かに建つ建物の屋根には瓦が敷かれ、それを支える柱には幾何学模様の彫刻が彫られており、軒や枡形には青色と緑色の極色彩の模様が施されていた。

 その下には、この日のために設けられた祭壇がある。手前には莉珠と同じ婚礼衣装に身を包んだ青年が翡翠の冠を被り、こちらに背を向けて立っていた。

 莉珠は目をぱちぱちと瞬いた。


(お姉様の話で聞いた毛むくじゃらの巨漢ではないみたい)

 青年の顔は見えないが、背は高く身体は引き締まっている。その堂々とした後ろ姿や精悍な雰囲気から、彼がこの国の若き王だと一目で分かった。

 顎を引いた莉珠は目を閉じて、まつ毛を震わせる。

(これから私はあの方の妻になるのね)

 既に安永城の後宮内は、莉珠がいないことが露見してハチの巣を突いたような騒ぎになっているだろう。

 もう後戻りはできない。覚悟を決めなくては。

 とはいえ、これから瑛華の身代わりとして生きなくてはいけないことを考えると、その重大さにずんと気持ちが沈む。


「少しだけ屈んでくださいませ」

 意識を引き戻せば、玲瓏が莉珠の頭に(うすぎぬ)紅蓋頭(こうがいとう)を被せようとしてくれている。

 瞼を開いた莉珠は膝を曲げた。紅蓋頭が顔の前に掛けられる。

 透けているので前が見えないわけではない。

 心を奮い立たせた莉珠は毛氈の上を歩き始めた。途端に両脇から花びらが降り注ぐ。


 進んだ先の壇上に上がれば、進行役が速やかに婚礼の儀を執り行った。

「今ここに天と地に祝福されし、二人の男女が結ばれる」

 婚礼の儀が淡々と進んでいく。緊張と不安から莉珠の心臓は早鐘を打つ。

「花婿と花嫁は互いに向き合ってください」

 莉珠は身体を花婿側へ向ける。

 目の前には端正な顔立ちの青年――惺嵐(せいらん)が立っていた。

 さらさらとした艶のある黒髪。空を思わせる青色の瞳はじっと見つめていたら吸い込まれそうだった。


「天よ、死が二人を分かつまで二人の運命を結びたまえ」

 進行役が祈祷を終える。

 側で控えていた侍女が二つの盃と棗の皿を盆にのせて近づいてきた。

 渡された盃を飲み交わし、次に棗を食べさせあう。


 青年が棗を一粒摘まむと、紅蓋頭を少しだけ捲って莉珠の口元へ運んでくれた。

 莉珠が躊躇いがちに口を開けば、惺嵐が口の中へ棗を優しく押しこんでくる。

 乾燥させることで甘みを凝縮させた棗。しかし、いくら噛んでも味はしなかった。なんとか嚥下し終え、今度は莉珠が棗を食べさせる番になった。

 震える指先で摘まんだ棗を惺嵐の口元へゆっくりと運ぶ。

 焦れったさを覚えたのか、惺嵐は莉珠の手首を掴み、躊躇うことなく棗を食べた。

 最後に進行役が祝福の言葉を紡いで婚礼の儀は完了する。


(ごめんなさい。あなたが望んだ花嫁じゃなくて)

 懺悔を胸に抱く莉珠は、眉根を寄せて瞳を閉じる。

 こうして莉珠は、瑛華として蒼冥国の王・惺嵐のもとに嫁いだ。


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