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禍姫の嫁入り〜身代わりの花嫁は蛮王の最愛を得る〜  作者: 小蔦あおい
第1章 災いの公主

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第5話



「私が身代わりになるのでしたら、本物のお姉様はこれからどうするのですか? お父様も騙すつもりですか?」

 皇帝に計略を図るなんて罰せられて然るべき行為。

 最悪の場合、首が飛ぶ可能性だってある。

 怯えた声で尋ねたら、瑛華が高笑いをする。その反応に莉珠は目を白黒させた。


「おまえったら、わたくしの心配をしてくれているの? おかしくてつい笑ってしまったわ。だって、おまえを身代わりにするようお父様へ進言したら、大喜びだったんだから。まあそうよね。おまえという厄介者をこの国から追い出せるんだもの。喜ぶのは当たり前よ」

 莉珠は鈍器で頭を殴られたような衝撃が走った。

 母が死んでから、父である皇帝と顔を合わせる機会は一度もなかった。周りの話を聞く限り、疎ましく思われているのも知っていた。

 けれど改めて厄介者だという現実を突きつけられ、気が遠くなる。


 莉珠の胸中を知ってか知らでか瑛華は話を続けた。

「おまえを身代わりにするのは、お父様を含めた関係者のみが知る話。だから何も問題ないのよ」

 すると今度は雹雪が口を開く。

「表向きはおまえが瑛華の婚姻話を妬んでこなたらを脅し、術を掛けさせてあちらへ渡ったという流れになる。だからこなたと瑛華の評判に傷はつかない」

 二人はどこまでも強かだ。いみじくも彼女たちはただの被害者という立場を取り、すべての責任を莉珠に負わせようとしている。

 なんとも言えぬやるせなさを覚えるが、莉珠に拒否権はない。


 黙り込んでいたら、雹雪が長い爪の生えた人差し指で莉珠の胸をトンと突いた。

「さて、これからおまえに術を掛けなくては。あちらで災いを振りまかれると、おまえが身代わりだと知られてしまうからね」

 雹雪は懐から小物入れを取り出し、中から一本の赤みを帯びた黒針を摘まんだ。それを莉珠に見せつけるようにひらひらと動かす。

「これは邪針(じゃばり)と言って、こなたの一族の女子に伝わる秘術。針には結界と同じ辟邪(へきじゃ)の念を込めてある。おまえの体内に打ち込んで災いを退けよう」

 説明を終えた雹雪は、もう一方の手を莉珠の前に差し出した。

「さあ、腕をお出し」


 莉珠は服を捲って細い右腕を出す。

 雹雪は莉珠の腕を掴み、血管が浮き出ている部分に針を打ち込んだ。

 その瞬間、皮膚は火傷を負ったみたいに熱を帯び、じくじくとした痛みが走る。けれど、針がすべて体内に入り込んだ後はそれもすっかりなくなった。

 莉珠は針が打たれた部分をじっくりと観察する。

 夢でも見ていたのかと勘違いするくらい、どこにも打たれた痕はない。

 とにかく、これで蒼冥国へ渡っても安心して暮らせる。


「秘術を施してくださった淑妃様の寛大なお心に感謝申し上げます」

 莉珠は床に額をつける。

「すべては陛下と瑛華のためで、おまえのためではない。顔を上げなさい」

 言われた通り莉珠は顔を上げる。

 その間に雹雪は、後ろの座卓から巾着袋と布で包まれた何かを持ってきた。

「この二つもおまえに渡しておこう」

 目の前に差し出されたそれらを莉珠は恐る恐る受け取った。

 開けるよう促されたので最初に巾着袋の口を開く。ずっしりした巾着袋から出てきたのは、白灰色の小石だった。


「これは菱甘石(りょうかんせき)といって、瞳の色を変える石。蒼冥王が瑛華の顔を知らないとはいっても、その赤眼は目立つ」

 菱甘石の使い方は簡単だ。水に石を溶いて目を洗うだけ。石は水の中で白灰色に溶けるのですぐに分かる。

 効果は一日で毎日行わなくてはいけないが、顔を洗う際に美容洗顔だと言っておけば疑われないだろう。

 次に、雹雪の視線が布で包まれた品へと移動した。

 莉珠は巾着袋の口を閉じてから布に手を伸ばす。中からは花文様の螺鈿飾りが施された銅鏡が顔を出した。


 途端に顔色を変えたのは瑛華だった。

「お母様! その八稜鏡はわたくしが嫁入りする時に譲ってくれる約束だったじゃない! どうして禍姫なんかに渡すの!?」

 瑛華は叫ぶような声で非難した。よほどこの鏡が欲しかったらしい。怒りの矛先は莉珠へと向かい、鋭い眼光で睨めつけられる。

 瑛華は椅子から立ち上がり、莉珠のところまで詰め寄ってきた。八稜鏡を大人しく渡さなければ、今にも平手が飛んできそうな勢いだった。

 瑛華の迫力に莉珠は身体を縮めた。


「おまえが持っていても分不相応だわ。わたくしに渡しなさい。だってこの鏡は……」

「おやめなさい、瑛華!」

 普段は瑛華に甘い雹雪が珍しく厳しい声でぴしゃりと言った。

 まさか叱られるなんて思っていなかった瑛華は、泣き出しそうな声を出す。

「お、お母様っ。だって、だってわたくしの花嫁道具の宝飾品をすべて莉珠に渡すのよ? そればかりかわたくしと約束した八稜鏡まで……」

 雹雪は涙ぐむ瑛華の両肩に手を置いて宥める。


「おまえの嫁入りにこの八稜鏡を渡すとこなたは女官たちがいる前で約束した。つまり鏡がないということは、蒼冥国へ瑛華公主が降嫁する気でいたという証明になる」

 八稜鏡がないことで、瑛華が蒼冥国への嫁入りを決意していたと印象づけられる。これでより一層、莉珠が瑛華たちを脅して嫁いだと周囲は思うだろう。

 瑛華が後宮に残っても、誰からも後ろ指は指されない。寧ろ惻隠の情を抱かせられるはずだ。


「嫁入り道具の宝飾品はもっと良いものを用意させるし、数も増やすわ」

 瑛華は肩に置かれた雹雪の手を取り、ぎゅっと握り締める。

「分かったわお母様。絶対に約束よ?」

「ええ、もちろん。下女の娘よりも瑛華の花嫁道具が見劣りするなんて、こなたとて良い気はしない」

 返事を聞いた瑛華は満足げに笑い、大きく頷いた。

 雹雪は莉珠を一瞥し、有無を言わさない声で命じる。

「おまえに八稜鏡を渡すのだから、必ずこれで身支度なさい」

「はい。淑妃様」

 莉珠は八稜鏡を布に包み直した。


「最後に蒼冥国から贈られて来た婚姻の証しをつけなさい。これがおまえを瑛華だと保証してくれる」

 雹雪の手にはいつの間にか腕輪が握られていた。白色の玉には複雑な金細工があしらわれ、息を呑むほどの逸品だった。

 渡された腕輪を腕に通せば、雹雪が優雅に身を翻す。それに合わせて金の歩揺がひらひらと揺れた。

「話も済んだことだし、別れの挨拶は不要。さっさと蒼冥国へ行くのだ」

「い、今からですか?」


 先ほどの話から、身代わりとして蒼冥国へ渡ることは理解している。とはいえ、これから長旅になるのだから少しは身体を休めておきたいし、柳暗宮の整理もしておきたい。

 欲を言えば、最後に父である皇帝にもこっそり挨拶がしたい。

 だが、莉珠の願いは叶わなかった。

「王荘」

 莉珠の気持ちなどつゆとも知らない雹雪が王荘を呼んだ。

 部屋の外で待機していた王荘は、入ってくるなり雹雪と瑛華に向かって拱手する。


「後のことはすべておまえに任せる」

「はい、淑妃様。この王荘めにお任せを」

 王荘は下卑た笑いを浮かべて莉珠に近づいてくる。手には手巾が握られていて、それに気づいた時にはもう手遅れだった。

 莉珠の口元に手巾が押し当てられる。

「んんー!」

 独特の甘い香りが鼻孔を通り抜けると、身体の力が抜けて急激な眠気に襲われる。

 焦点の定まらない視線を向ければ、王荘は淡々とした声で言った。


「城下に逃げられたら困りますからな。しばらくは眠っていただく。心配には及びません。準備はすべて整っておりますゆえ。無事に送り届けて差し上げます」

 自分の意思に関係なく瞼が下がっていく。

 莉珠の意識は、そこでプツンと途切れた。


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