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禍姫の嫁入り〜身代わりの花嫁は蛮王の最愛を得る〜  作者: 小蔦あおい
第6章 運命を切り拓く王妃

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第30話



 ◇


 地下牢に入れられた王荘は部屋の真ん中で胡座をかき、目を瞑っていた。外の様子をこの目で確かめられないのは残念だが、大体の予想はついていた。

(今頃宮殿内は国王の急死で蜂の巣をつついたような騒ぎとなっているだろう。まったく馬鹿でめでたい奴らだ。そのうち王妃も同じように死ぬっていうのに)

 雹雪が莉珠に打った邪針は彼女が扱う邪術の中で最も強力かつ技巧的だ。体内に打ったのは毒を固めて作った特別な針。心臓に到達したらゆっくり染み出す仕組みになっている。

 そして針が溶け切れば莉珠は絶命する。そしてただ死ぬのではなくじわじわと苦痛を味わいながら死ぬ。雹雪が生み出す毒の中で最も残酷な代物だ。


(禍姫の毒は想定よりも遅れているが、淑妃様によればもうすぐらしい。いよいよ大詰めだぞ)

 王荘は懐をごそごそとまさぐった。手に握られているのは手のひらに収まる大きさの銅鏡、八稜鏡の小型版だ。

 実は八稜鏡はこの世に三枚存在する。これがあればどんなに遠く離れていても雹雪から指示を受け取れる。そして、日が昇る頃には再び淑妃様から連絡が入るだろう。

 昼間はわざと捕まったが、雹雪は王荘が脱出できるように毒を持たせてくれている。

(淑妃様から迎えの連絡が来たら、あとは毒を使って看守から鍵を奪えばいいだけだ)

 逃亡の算段をつけていると、コツコツと階段を下りてくる足音が聞こえて来る。

 そろそろ定期的な巡回の時間らしい。


 地下牢とはいえ、天井近くには小さな窓が存在する。暗闇に包まれていた外の世界は徐々に明るさを取り戻し始めていた。

 王荘は八稜鏡を懐にしまい、ゆっくりと顔を上げる。

「おまえは……」

 やって来たのが看守ではない人物だったので思わず驚く。だが、すぐにせせら笑った。

「ほう。まさかこんなところに国王の側近が来るとはな。冷たくなった国王の側にいなくて大丈夫か?」

 わざと感情を逆撫でするような物言いをする王荘。

 けれど、挑発された翠月は取り乱すことなく冷静だった。


「私個人の用件で来ただけだ。先に報告しておくが陛下は王妃様が解毒してくれたお陰で回復した。おまえたちの計画は失敗に終わった。残念だったな」

「ははは。解毒できるわけあるまい。ましてやあの禍姫に解毒ができた? そんな嘘をこの私が信じるとでも思ったか? そもそも、禍姫だって虫の息のはずだ」

 雹雪の邪術は確実に人を殺す。

 なんの力も持たない、ただの小娘である莉珠に雹雪の術は破れない。

 翠月は茫洋とした表情で続けた。

「国王も王妃も生きている。おまえが後生大事に懐に入れている淑妃の毒も通用しない。もし淑妃から鏡の連絡が来たら、計画は失敗したと伝えるがいい」

「何を言っているのか分からないな」

 毒や連絡用の八稜鏡を持っていることを指摘された王荘は面食らう。

 誰にも教えていないのに、何故この側近は自分の切り札を知っているのだろうか。


 翠月はフッと笑った。

「淑妃の毒は金輪際通用しないだろう。何故なら、私の可愛い異母妹の莉珠が黄金の樹の蜜で解毒できる方法を見つけてくれたからな」

「はぁっ!?」

 王荘は声を荒らげた。雹雪と連絡を取り合っている間、地下牢内には誰もいなかった。

 これは単なる偶然か。何にせよ、雹雪の毒は無効化されてしまった。

「そんな馬鹿なことがあってたまるものか。それに異母妹だと?」

 王荘が狼狽えている間に、外の光が小窓から差し込んで翠月の顔が照らされる。

 焦げ茶色だった翠月の瞳は、たちまち琥珀色へと変化した。

 王荘は息を呑んだ。何故なら琥珀の瞳を持つ人物がどんな地位にあるのかを姚黄国の人間は嫌でも知っているからだ。


「こ、皇帝の瞳と同じ琥珀色? まさかおまえ、いやあなた様は……憂炎公子!?」

 姚黄国で皇帝と同じ瞳を持つものは一人しか存在しない。

 王荘は顔を真っ青にした。額には汗が滲んでいる。

「いやしかし、憂炎公子は離宮に幽閉されている。淑妃様の手の者が監視をしていて、外へは出られないはずだ!」

 憂炎が不治の病に罹り、離宮で過ごしているといのは表向きの話。

 実際のところ、雹雪によって幽閉されていた。

 腕を組む憂炎は、王荘をしげしげと見つめる。

「内通者がいるのは自分たちだけとでも思っていたのか? 離宮内部に私の味方になってくれた者が複数人いる。彼らに頼んで私はあの離宮から脱出した。淑妃やおまえの悪事を暴くためにな」


 離宮から脱出した憂炎は、計画を実行するために一旦国を離れたと王荘に明かした。

「慣れない旅に加え、世間知らずが仇となって初手で路銀をすられてしまったがな。その後は空腹で倒れていたところを惺嵐に助けられた」

 それからの憂炎は自身を翠月と名乗り、惺嵐の側近として活動を始めた。

 そして、惺嵐から任される仕事の合間に、安永城の後宮事情を調べあげた。


「雹雪は淑妃という身分でありながら、私の母を差し置いて後宮で権力を持ちすぎた。生家である蘇家の後ろ盾と父上の寵愛を笠に着て、好き勝手に振る舞い過ぎている」

「何を言うか。貴妃様は病でお倒れになっているのだ。順当にいけば、次に身分の高い淑妃様が代理となり後宮を管理して何が悪い?」

「本当にただ倒れたとでも? 母上は淑妃の邪術の毒で飼い殺しの状態にされている。あの女は自分に楯突く者は徹底的に攻撃をする。そして簡単に死ねないようじりじりと追い詰めて殺すのが好きみたいだ。わざと毒の量を調整して苦しめてくる。父上が後宮で好きにさせているのは、自分に刃が向かわないようにするためだ」

 王荘は貴妃がそんな目に遭っているなど知らなかった。あまりの容赦のなさに流石の王荘も怖気てしまう。


「だがこれで大手を振って国へ帰れる。母上を救えるだけでなく、真正面からあの毒婦を処罰できるのだから」

「待て。そんなことは私がさせないぞ!」

 ここで雹雪が罰せられるとなれば、腹心である王荘も同じ道を辿ることになる。

 今すぐに憂炎を止めなくては。解毒方法を知られてしまっても、毒を浴びせるなどして相手が口に含めば確実に死ぬ。

 そして雹雪から連絡があれば、事情を説明して誰かを送ってもらおう。

「おまえは淑妃の助けが入ると信じているようだが、残念ながらそれはない。私の手の者曰く、淑妃はおまえを捨てた」

「はっ、そんなはずない。私は長年淑妃様に仕えてきた腹心。切り捨てなどされるものか!」

 憂炎は妄信する王荘を哀れんだ。

「よく考えてみるといい。淑妃の内情を知り過ぎた人間が最後どうなったのかを。確か莉珠を占った天師は水仙の根と玉ねぎを間違えて食べて死んだのだったな」

 それまで威勢の良かった王荘は言葉を失った。懐にある毒の意味を改めて知る。

 これは脱出用ではなく、自死するためのものだ。


「どちらにせよ、おまえは蒼冥国の王を殺そうとした。処刑は免れない。その毒で死ぬか処刑で死ぬか選ぶといい」

 そう吐き捨てた憂炎はくるりと踵を返す。

 残された王荘は震える手で懐から小さくたたまれた紙を取り出す。広げるとそこには黒い粉が入っている。雹雪に渡された毒だ。


『こなたのために死ねる。これほどに幸せなことはないだろう?』

 雹雪の囁きが聞こえた気がした王荘は慌てて懐から鏡を取り出す。鏡は自分を映しているだけで、雹雪の顔はどこにもない。

 だが、そのねっとりとした声は耳にこびりついて離れない。


「……ああ、淑妃様もお人が悪い」

 掠れた声で呟いた王荘は天井を仰ぐ。それから躊躇うことなく毒を煽ったのだった。


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