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禍姫の嫁入り〜身代わりの花嫁は蛮王の最愛を得る〜  作者: 小蔦あおい
第6章 運命を切り拓く王妃

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第27話



 ◇


 執務室で仕事をしていた惺嵐は、祭天の儀の準備の最終確認をしていた。予定表には分刻みの日程が詳細に記されている。

(今年は多福日に当たる年だからきっと賑やかになる)

 多福日とは祝い事が重なった日を差し、今回は祭天の儀と蒼冥国建国が同じ日に当たる。

 そのため、王都で暮らす国民はみんな浮き立っている。めでたいことが重なった年は例年以上に盛り上がる。

 沢山の露店が至るところに並び、夜遅くまで開かれるだろう。国民の喜ぶ姿が目に浮かび、思わず微笑みを浮かべる惺嵐。


 ふと、どこか遠くを見るような目で物思いに耽る。

 やがて引き出しからあるものを取り出した。

 それは紫の小さな造花で作られた歩揺。造花は下へ行くほど色が淡くなっていて、金具の先には真珠もついている。

 これは莉珠へ贈るため、密かに職人に依頼したものだ。


「もしかして、祭天の儀の日に王妃様へ禁色の品を渡すのかい?」

 突然話しかけられて惺嵐は僅かに肩を揺らした。顔を上げれば、誰もいなかったはずの執務室に翠月の姿がある。彼は嬉々としてこちらを眺めていた。

 揶揄われているような気がして惺嵐は思わずムッとする。

「多福日に渡して何が悪い?」

「別に悪くない。惺嵐も隅に置かないなって思っただけ」

「馬鹿にされている様にしか聞こえないんだが?」

「えっ、してないよ。ただ、西方の国では惺嵐みたいな人を浪漫主義者(ロマンチスト)って言うらしいよ」

 言葉の響き的になんだか身体がむず痒くなる。

 やはり揶揄われているようにしか思えない。

 不貞腐れた惺嵐は歩揺を引き出しにしまった。


「好きに言ってろ。……莉珠が喜んでくれるのなら俺はそれで満足だ」

 丁度そこで、会話を遮るように文官が現れる。

「お取り込み中失礼いたします」

 文官は拱手をして頭を下げる。

「別に取り込んでない。面を上げろ。慌てた様子だが何かあったのか?」

 顔を上げた文官は少し言いづらそうにしている。けれど、自分ではどうにもできないと判断してすぐに事情を話してくれた。


「姚黄国の使者と名乗る者が突然やって来て、陛下にご挨拶申し上げたいと……」

 眉間に皺を寄せた惺嵐は顎を引く。

 翠月は憤りを隠さなかった。

「いくら大国とはいえ、事前連絡もなしにやって来るなんて非常識だ。同盟国だというのにここまで軽んじられるなんて、無礼にも程がある! 偽者の可能性は?」

「手土産として渡された品々には姚黄国の紋章がしっかりと入っており、疑いようがありません」

 文官は渡された品を確認したらしく、絹織物や茶の木から採れた茶葉など、どれも姚黄国の特産品だった。


「分かった。一先ず使者と面会するとしよう。翠月は一緒に来てくれ」

「……御意」

 渋面の翠月を引き連れて惺嵐は姚黄国の使者がいる部屋に移動する。中に入ると、重厚な箱を持つ使者らしき初老の男と護衛の兵隊が数名いた。

 惺嵐はこの使者の顔に既視感を覚える。どこかで会ったような気がするのに、はっきりと思い出せない。

(見覚えのある顔だが公的な場所で会った記憶はないな。他人の空似だろうか?)

 答えが見つからないまま、惺嵐は玉座に腰を下ろした。


「国王陛下に拝謁いたします。姚黄国から参りました王荘と申します」

 王荘はその場で膝を床につき、懇切丁寧に礼をした。後ろにいる兵士もそれに倣う。

「突然の訪問となり驚かれたことでしょう。ですが我が姚黄国の皇帝より、陛下のご厚意に礼を尽くすべきだという判断で速やかに派遣された次第でございます」

 要するに、皇帝が支援物資を送っているお礼として、使者を遣わしたということらしい。

 惺嵐は微笑みを浮かべて歓待した。

「同盟国ゆえ助けるのは当然のことだ」

 王荘は鷹揚な態度で再び感謝を述べる。


「その当然のことがなかなかできないのでございます。我が皇帝も陛下の寛大なお心には敬服しておりました」

「わざわざ使者を使い、礼を言いに来た皇帝こそ懐の深いお方だ。長旅で疲れているだろう。大したもてなしもできないが、貴賓室に案内させるから寛いで欲しい」

 惺嵐の心遣いにまたまた王荘が深く頭を下げる。

「恐悦至極にございます。それともし許されるのでしたら、王妃様とお会いすることは可能でしょうか?」

「王妃と?」

「同じ姚黄国の者である私とお話しすることで、多少はお喜びになるのではと思いまして。余計なお世話でしょうか?」

 王荘の言い分は一理ある。供もつけずに嫁いできた莉珠。姚黄国を懐かしむ相手もおらず、これまで寂しかったに違いない。


「王妃との面会できるよう手配しよう」

「ありがとうございます。では最後にこちらをお受け取りください」

 王荘は手にしていた箱を翠月に渡した。

「これは陛下と王妃様に喜んでいただくためにご用意した品でございます」

 開けるよう促された翠月は箱の蓋を外した。中には親指の爪ほどの大きな珠の簪が、赤い座布団の上に鎮座している。

「これは我が姚黄国の秘宝の一つ、夜明珠で作った簪にございます。我が皇帝は深く感謝しております。是非お受け取りくださいませ」


 夜明珠とは、暗闇で光るという宝玉の一つである。貴重な宝玉を贈られて喜ばない妃はいない。とはいえ、莉珠は贅沢な宝飾品を好まず、身につけているものはどれも慎ましいものばかりだ。

(これが瑛華なら喜んでいただろう。まあ、表向きは瑛華が嫁いだことになっているから、贈ってきたのかもしれないな)

 あまり気乗りはしないが、大国の皇帝の厚意を無碍にする訳にはいかない。

 惺嵐は夜明珠へと手を伸ばす。簪部分に触れた瞬間、指先にちくりとした感触があった。

 慌てて傷を確認するが、指は特に傷ついていない。


(なんだ今のは? 気のせいか?)

 訝しむ惺嵐だったが、気を取り直して夜明珠を観察する。本当に暗がりで光るのかと手で包んで中を覗き込めば、緑色に発光していた。

「何と美しい。きっと王妃も大喜びするだろう。必ず礼を伝えてくれ」

「ご満足いただけて嬉しい限りでございます」

「今夜は其方たちのために宴を開くとしよう。後で王妃を向かわせるが、それまで貴賓室でゆっくりと過ごすといい」

 にっこりと微笑んで頭を下げる王荘。

「何から何まで本当にありがとうございます」

 こうして惺嵐は王荘との謁見を終え、再び翠月と共に執務室へと戻った。



「対応お疲れ様。休憩がてらお茶の用意でもしてもらうかい?」

「いや、途中までだった祭天の儀の予定表を確認し終わってからで……」

 席に着こうとした矢先、惺嵐は椅子に座る前に床に倒れ込む。

「惺嵐!? どうしたの?」

 翠月がギョッとして声を上げた。

 慌てるのも無理はない。何故なら、惺嵐の顔色が悪いのは一目瞭然だったからだ。


「全身が、痛い。うぅっ……」

「惺嵐しっかりして!」

 簪に触れた時に感じた指先の痛みは、気のせいではなかった。

(どうやら謀られたらしい)

 必死に呼びかける翠月が助け起こそうとしてくれる。

 けれど、身体の力が抜けて預けることもままならない。それに加え、全身に激痛が走り息もまともにできない。


「簪に、毒が……莉、珠を……」

 あの使者はこれから莉珠と会う。もし莉珠に危険が迫っているのなら、助けなくてはいけない。

 翠月に莉珠を助けろと命じたいのに声がうまく発せられない。それどころか目の前が真っ暗になって何も見えない。


「惺嵐、惺嵐!!」

 翠月の呼び掛ける声が徐々に遠のいていく。

 惺嵐はそのまま意識を失った。


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