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禍姫の嫁入り〜身代わりの花嫁は蛮王の最愛を得る〜  作者: 小蔦あおい
第6章 運命を切り拓く王妃

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第25話



 八宝茶は翠月や王家お抱えの商人に値段を決めてもらい、売りに出された。

 蒼冥国の素材を使った新しいお茶であることに加え、縁起の良い名前から結果的にその存在は徐々に認識され始めている。

 王都の官営市場では、美容や滋養強壮に良いことから老若男女問わず買い求めてくれているらしい。このまま軌道に乗れば、国外にも輸出できそうだ。

(八宝茶を切っ掛けに他国との取引が増えて国の経済が潤ってくれたらいいのだけど)


 瑩瑩に用意してもらった八宝茶を飲み終えた莉珠は、居室で身支度を調えていた。

 最近は瑩瑩に着物を選んでもらわずに自分で選ぶようにしている。

 これまでは瑛華のように着飾らないといけないという強迫観念のせいで自分らしいものを選べなかった。

 けれど、取り繕う必要がなくなった今は自分らしく生きてみようと、着てみたい服を選んでみたり、気分に合わせて髪型を変えたりしている。



 今日選んだのは緑色の衫襦と青色の裙を選んだ。裾に入っている葡萄と小花の刺繍が可愛らしい。着替えを終えた莉珠は八稜鏡の前に座り、櫛で髪を梳かす。

「最近の王妃様、綺麗になられたわよね?」

「陛下に愛されるようになったからよ」

「最初はみすぼらしかったけど、今は肉づきもよくなったわ」

 居室の外から侍女たちの話し声が聞こえてくる。

 莉珠は動かしていた手を止めて、鏡に映る自分を見ながら頬に手を添えた。

 以前より頬はふっくらとして血色もよくなった。

(毎日陛下が食べ物を持ってきてくださるからね)

 だが、理由はそれだけではないと分かっている。


「……陛下」

 莉珠は密かに惺嵐に惹かれていた。

 対等な立場で誰かに優しくされたのも深謝されたのも、全部彼が初めて。

 惺嵐ほど愛情深く、誠実な人を莉珠は知らない。

 また、これは最近知ったことなのだが、惺嵐は洪水被害を受けた姚黄国の北部へ定期的に支援物資を送ってくれていた。

(夫としても国王としても、陛下は素晴らしい人だわ。そんな彼に見初められた私は果報者ね)

 惺嵐のことを考えただけで心臓が疼く。愛おしさが込み上げてくる。

 この気持ちを伝えたい。否、伝えなければいけない。


「私もあなたが好きって、今日こそ勇気を出して言葉にしないと……ううっ」

 すると突然、心臓に激痛が走り、苦しくて息ができなくなった。この苦しさは最近感じていた胸の疼きとは比べ物にならない。

「……はっ」

 声を上げたくてもうまく出せない。助けを呼べない。

 化粧台に手をついて浅い息を繰り返していると、聞き覚えのある声が鏡からした。

『随分と久しいねえ。私の可愛い禍姫は息災か?』


 冷や水を浴びたように全身汗をかいている莉珠は、虚な目だけを動かして鏡を見る。

 そこには自分の顔ではなく、狂気を孕んだ雹雪の顔があった。

(淑妃様?)

 理解が追いつかずに頭が真っ白になる。

 それよりも胸が苦しくて堪らない。莉珠はぎゅっと目を瞑って痛みに耐えた。


『やっとこなたの贈り物が発動したようだ』

 贈り物がどれを指しているのか莉珠には分からなかった。

 菱甘石はもう使っていない。八稜鏡に不思議な力があるとして、身体に害はなさそうである。

『分かってなさそうだから親切なこなたが教えてあげよう。贈り物はおまえの身体に打った邪針のことよ』

 莉珠は顔を上げて雹雪を見入った。


 あれは辟邪の念が込められた針ではなかったのだろうか。

 もし周りに不幸をばら撒いていたと思うとゾッとする。顔を真っ青にしていたら、雹雪が愉悦の表情を浮かべた。

『邪針は災いを封じるためのものではない。あれはこなたの術と蠱毒の体液で作った針で、心臓に到達したら溶けて蝕むようになっている』

 今起こっている痛みと苦しさは、邪針が心臓に到達した証しのようだ。

「ど……して嘘を……」

『おや、蒼冥国で暮らしてまだ分からないのか? 禍姫の赤眼にそもそも災いを呼ぶ力なんてない。だってその話はこなたが捏造したものだから』

「……え?」

 衝撃の事実に莉珠は耳を疑った。


 皇帝に仕える天師の占いによれば、莉珠の赤眼は災いを呼ぶものとされている。

 天師は姚黄国の宗教をまとめる最高指導者であり、祈祷や占卜によって国の吉凶を判断する立場にある。

 そんな彼が嘘を吐くはずがない。

『おめでたい頭でも理解できるよう教えてあげよう』

 雹雪は皇帝の愛情が莉珠へと向かないよう、天師を脅して嘘の内容を皇帝や臣下に伝えさせたのだ。


 天師は自分可愛さに、安全の道を選んだ。

 さらに、莉珠の周りで立て続けに起きた不審な死は、すべて雹雪による策略だった。

『こなたが術の使い手なこともあって、みんな簡単に騙されてくれた。陛下も後宮も、掌握するのは簡単だった』

「……それなら私は何のために、これまで苦しんできたのですか?」


 この瞳が赤くなければ、誰も命を落としはしなかった。

 この瞳が赤くなければ、みんな優しいままだった。

 そう信じてずっと自責の念に苛まれて生きてきた。

 ところがそれは雹雪の悪意ある植えつけに過ぎず、自分のせいではなかった。

 雹雪は怪訝そうに首を傾げる。


『何のため? そんなのおまえたち親子がこなたを苦しめたからに決まっている。これはその償い。だからどこにいようと、徹底的に追い詰めて痛ぶるのだ!』

 美しく整った顔を邪悪に歪める雹雪は、怨恨の籠もった声で続けた。

『そして、禍姫の赤眼に災いを呼ぶ力があるとした以上、おまえと関わった者すべてを不幸にすると決めている。それはおまえが死ぬまで続く』

「何の罪もない人たちを殺すなんて。殺すのは私一人でいいじゃないですか!」

『卑しい虫けらが何匹死のうとこなたには関係ない。悪いのはこなたではなく、禍姫だ』

「私が悪い?」

『そうとも。おまえが他人と関わりを持ったから、その人間たちの命運が尽きた。これはこなたのせいじゃない』

 めちゃくちゃな言い分に莉珠は絶句した。

 そしてこれまで雹雪に抱かなかった怒りの感情が莉珠の中で湧いてくる。


(ずっと私の赤眼が災いの原因だと思っていた。でもそうじゃなかった。みんな淑妃様の策略で不幸になってしまったんだわ)

 莉珠は奥歯を噛み締め、初めて雹雪を睨みつけた。

 その態度に雹雪が柳眉を逆立てる。

『その反抗的な顔はなんだい? こなたに逆らうつもり?』

「これ以上は淑妃様の好きにさせません。私は蒼冥国の王妃として、この国と国民を守ってみせます!」

 力強く宣言したものの、邪針の毒でより一層胸が痛む。

 莉珠はその場に蹲った。


『あははは。何の力もないくせに威勢だけはいいこと。おまえが抗おうが抗わまいが、結果は見えている。だってもう手遅れだから』

「えっ?」

『可哀想な禍姫。奈落の底に落ち、絶望した顔を早くこなたに見せておくれ』

 そう吐き捨てる雹雪は鏡からフッと姿を消した。鏡にはいつもの風景と顔色の悪い自分が映っている。

 莉珠はぎゅっと拳を握り締める。

 交信が途絶えたはずなのに、雹雪の笑い声はいつまでもにこびりついていた。


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