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禍姫の嫁入り〜身代わりの花嫁は蛮王の最愛を得る〜  作者: 小蔦あおい
第6章 運命を切り拓く王妃

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第24話



 宝珠山以降、莉珠のもとには毎日惺嵐が訪ねてくるようになった。

 朝昼の食を共にし、夜は莉珠が眠るまで側にいてくれる。

 些細な日常の風景を眺めながら、お互いの話ができるのは楽しかった。

 ゆっくりと縮めていけるこの距離感がなんとも心地が良い。このままもっとお互いについて知っていけたらと思う。

 そして莉珠自身にも変化は起きた。それは菱甘石で目を洗わなくなったことだ。


 もう瑛華と偽る必要はないし、何よりも惺嵐に赤眼が好きだと言われて自信がついた。

 最初は周りに怖がられたらどうしようか不安だったけれど、蒼冥国の人々にとって赤眼は馴染みのある色のようだった。というのも、初代国王の妃は赤眼だったらしい。

 本来の瞳の色を取り戻し、改めて莉珠はこれまでの事情と本当の名前を如意や侍女たちに告げた。


 誰かに抗議されたり、陰口を叩かれたりするかもしれないと身構えていたが、誰も何も言わなかった。

 鶏ガラ王妃などと莉珠を悪く言う侍女もいたのに、今回は一切ない。

 恐らく、惺嵐が莉珠をとても大事に扱っているのが周りに伝わっているからだろう。

 惺嵐は時間を見つけては莉珠のもとに通っている。そして、毎回食べ物を用意して食べるよう勧めてくる。

 これでも蒼冥国に来てからは肉付きが良くなった方なのだが、惺嵐からすればまだまだらしい。子作りをするにしてもまずは健康的な身体と体力を手に入れてからだと言われた。


(陛下が食べ物を用意してくれるのはありがたいけど、この前はお昼前に胡麻団子をたくさん持ってきてくれたから、昼食が食べきれなかったのよね)

 栄養が偏っては本末転倒だと玲瓏から注意されていた惺嵐を思い出して、莉珠はくすりと笑う。

「何を笑っているんだ?」

「あっ、陛下」

 意識を引き戻せば、扉の前には惺嵐が立っている。

 昼前に来るという先触れが出ていたので、莉珠は居室で彼を待っていたのだ。


「今日は完成したお茶を飲ませてくれるのだろう?」

「はい。既に準備は整っておりますのでこちらにお座りください」

 莉珠は惺嵐を席まで案内した。机の上には茶道具を並べてある。

 如意と一緒に研究を重ねたお茶は遂に完成した。

 玲瓏や瑩瑩にも飲んでもらい、美味しいというお墨つきはもらえた。あとは惺嵐から商品価値があるかを判断してもらうだけだ。


「このお茶は玫瑰花と七種の素材を使っています。蓋碗にお湯を注いで少し蒸らし、蓋を開けて素材の香りがしたら飲み頃の合図です」

 莉珠は二つの蓋碗にお湯を注ぐ。蒸らした後、蓋を少し開けて飲み頃かを確認する。ふわりと立ち上る湯気からは、先ほどまでしなかった香りが鼻腔をくすぐった。

「まずは一口お召し上がりください」


 惺嵐は言われた通りお茶を一口飲む。莉珠も彼に続いてお茶を飲んだ。

 様々な素材が溶け合ったお茶は、滋味深い香りと味が口いっぱいに広がる。

「このお茶には麻花がよく合うので是非こちらも召し上がってくださいませ」

 莉珠は瑩瑩に頼んで揚げたての麻花を用意してもらっていた。大皿から小皿に麻花を移し、惺嵐の前に置く。

 すると、惺嵐はそれを一つ摘んで莉珠の口元へと運んできた。


「えーっと?」

「如意から麻花が好物だと聞いている。先に食べるといい」

「で、でも……」

「嫌だったか?」

 惺嵐が捨てられた子犬のようにしゅんとした顔をしてくる。

 普段の様子からは想像もつかないか弱い姿に、莉珠は胸を打たれた。これでは断れない。

「い、いただきます」

 莉珠は遠慮がちに口を開けて差し出された麻花を一口食べる。


 以前食べた麻花よりも甘い。これは砂糖を多めに入れているからなのか、目の前にいる惺嵐が蕩けるような瞳でこちらを見つめてくるからなのかは分からない。

 莉珠の胸がトクンと跳ねる。このところ、惺嵐を見ているとよく起こる現象だ。たまにちりちりと焼けるような感覚がするのは気のせいだろうか。

(って、内面を分析するよりも今はこのお茶の魅力を発信しないと!)

 麻花を食べ終えた莉珠は気を取り直して茶壺を手に取る。


「そろそろお湯を足しますね。味の変化を感じてみてください」

 莉珠は惺嵐の蓋碗にお湯を注ぐ。

 少し蒸らしてから惺嵐はお茶に口をつけた。次に驚いたように目を見開く。

 莉珠は心得顔で頷いた。

「樹蜜石が溶け出して甘いお茶に変化していくんです。乾燥果実の甘みと風味も加わるので単調的な甘さではありません」

 樹蜜石は通常固形だが、一定の温度に達するとゆっくりと溶け出す。最初は生薬の味と風味が濃いけれど、徐々にそれらを包みこんだ樹蜜石の甘さがお湯に広がっていくのだ。


「何度も味と風味が変わって飽きずに楽しめるというわけか」

「はい。如意と試行錯誤を繰り返して量を調整しました。こちらのお茶は特産品として売るに値しますか?」

 茶壺を握る手は、緊張から汗が滲んでいる。惺嵐にだめだと言われたらそれまでだけれど、努力を重ねてきたのだからいい返事が聞きたい。

 お茶を飲み終えた惺嵐は蓋碗を机の上に置く。


「このお茶は普通のお茶と違って何杯でも楽しめる。特産品として売る価値は充分にあるだろう。まずは、国内の官営市場で反応を見てみよう」

 惺嵐の率直な感想に莉珠はぱっと顔を輝かせる。

「あとは……強いて言えば、これを単なる薬膳茶として売るのは勿体ない。何か周りが惹かれるような名前をつけてはどうだ?」

「惹かれる名前ですか?」

 莉珠は口もとに手を当てて考え込む。


 このお茶には蒼冥国で生産された八つの素材が使われている。これらを一括りにでき、人々が興味を抱く名前はないだろうか。

 唸っていた莉珠だったが、答えは案外簡単に見つかった。

「……では、このお茶を『八宝茶』という名前にするのはどうでしょう?」

「八宝茶?」

 首を傾げてくる惺嵐に莉珠は手を合わせて説明する。

「このお茶には八種類の素材が使われています。八は蒼冥国でも姚黄国でも末広がりで縁起が良い数字です。験担ぎで手に取っていただけるかもしれません」

 莉珠の説明に惺嵐は合点がいったようだ。


「八宝茶か。縁起が良い響きは興味を持ってもらえるだろうな。では早速、官営市場に下ろしてみるとしよう」

「ありがとうございます。悲願が叶って如意も喜びます!」

 すると、何故か惺嵐が不満そうな顔をする。

 どうしてそんな顔をするのか分からなくて莉珠は首を傾げた。

「莉珠はどうなんだ? 俺は莉珠に喜んでもらいたい」

「え……」

 席を立った惺嵐はこちらに回り込み、莉珠の頬を優しく撫でながら尋ねてくる。

 いつもより顔が近くて惺嵐の吐息が掛かる。触れられているところが妙に熱い。心臓が張り裂けそうなくらいドクドクと脈打ち、じりじりと痛む。


「嬉しい、です」

「合格だ」

 フッと笑みを浮かべた惺嵐は莉珠の頭をぽんぽんと叩いてから離れる。

 その後の莉珠はどんな話をしたのかよく覚えていない。麻花を食べ終えても八宝茶を飲み終えても、惺嵐を意識しっぱなしの莉珠の心臓は煩いままだった。


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