第23話
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瑛華は毎日やってくる縁談の文の山に辟易としていた。
ここ数日、国中から同年代の異性から縁談話が届いている。時には隣国や遠く離れた国の王子や王からも。
大国の美姫と称される瑛華を嫁にしたい人間は多い。一度に富と名声、そして美しい姫が手に入るのだ。どの男たちも甘い言葉を綴った熱烈な文を送ってくる。
けれど、どの男たちにも瑛華は満足しなかった。というのも瑛華の理想が高かったからだ。
「本当に嫌になるわ。お金はあるけど醜男だったり、顔は良くても地方に住んでいる下級貴族だったり。どうしてこうも上手くいかないの!!」
瑛華は手にしていた蓋碗を床に叩きつける。
パリンッと割れた破片が散らばり、中に入っていたお茶が床一面に広がった。
控えていた女官が慌てて瑛華の側に寄ると手を握ってくる。
「瑛華様、お怪我はありませんか?」
「怪我なんかしてないわ。それより、くだらない縁談ばかりで苛々する。おまえが精査してくれない?」
頼まれた女官は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「淑妃様より、縁談の文はすべて公主様に目を通させるようにと言いつかっております。私もある程度お手伝いはいたしますが……」
女官の返事に瑛華は握られていた手をパッと振り解く。
「あ、そう。だったらお母様に直談判すればいいだけの話よ。ちょっとお母様のところへ行ってくるから、床を片付けておいて」
「承知しました」
瑛華は雹雪のいる部屋へと歩いていった。同じ福寿宮内に住んでいるので雹雪の部屋にはすぐに到着する。
「お母様、お時間はありますか?」
瑛華は開いていた戸からひょっこりと顔を出す。
中はしんと静まり返っていて、人気はない。
(お父様のところにでも行っているの? 出直した方が良さそうね)
瑛華が踵を返そうとしたところで、ある品に目が留まる。それは化粧台にあり、生けられた花の横に置かれていた。
「もしかして、あれって八稜鏡? ということはこれで莉珠の様子が確かめられるんじゃないかしら?」
八稜鏡はただの銅鏡ではない。
姉妹鏡という不思議な品で、一方の鏡を持っていればもう一方に映っている景色が映し出せる力がある。さらに連絡も取り合える。
ただしこれは道術使い限定であり、力が強ければ強いほど使いこなせる。
雹雪の教えもあり、瑛華は少しばかり道術に精通している。連絡を取るのは無理でも、向こう側を映し出すことくらいはできるだろう。
(わたくしが欲しくて堪らなかった八稜鏡。莉珠に渡ってしまったけれど、あの子の惨めな姿が見られるのなら悪くないかもしれないわ)
誰もいないことを確認した瑛華は八稜鏡に手をかざす。
念を込めると鏡に映っている自分の顔がぐにゃりと歪んでいく。歪みは酷くなり中心へ引き込まれるように呑み込まれていくが、ある時を境にもとに戻っていく。
そうして次に映し出されたのは、見慣れない紫檀の家具で統一されている、落ち着いた空間だった。
「映った」
うまくいったと瑛華はほくそ笑む。
さて、莉珠は一体どんな暮らしをしているだろうか。
(あの子はわたくしのように美しくないから今頃身代わりがバレて冷遇されているんじゃないかしら? 厚遇されて醜男の相手をしなくちゃいけないのも可哀想だけど)
どちらをとっても地獄の生活だ。
莉珠の惨めな暮らしぶりを想像していると、鏡から声が聞こえてくる。
『今日は桃饅頭を持ってきた。一緒に食べないか?』
『ありがとうございます、陛下』
どうやら莉珠は蒼冥王と一緒にいるらしい。
肥満体型で腹の肉が膝まで垂れている醜い王。噂が本当なら、どんな姿なのか怖いもの見たさで興味が湧く。
瑛華は身を乗り出す形で鏡の中を凝視した。
「なっ、何よこれ!?」
鏡に映し出されていた男は噂通りの醜男ではなかった。粗野な印象は受けるが、身体は引き締まっていて精悍な顔立ちをしており、容姿は整っている。
しかも腹立たしいことに二人は仲睦まじい様子で互いを想い合っているではないか。
自分はなかなか釣り合う相手が見つからず、毎日やきもきしているというのに。将来の伴侶を得て幸せそうにしている莉珠が憎たらしい。
瑛華はギリギリと親指の爪を噛み締めた。
「禍姫の分際で図に乗ってるんじゃないわよ。わたくしより幸せでいるなんて、なんて身の程知らずなの!」
ああ、今すぐあの幸せそうにしている顔を打ってやりたい。そんな衝動に駆られ、目の前が真っ赤に染まっていると凜とした声が響いた。
「瑛華、ここで何をしている?」
「あ、お母様……」
瑛華は我に返って顔を上げる。
戸の前では咎めるような視線を向ける雹雪が女官を引き連れて立っていた。慌てて八稜鏡から離れる瑛華だったがもう何をしていたのかは知られているだろう。
(どうしよう、勝手に見ていたから叱られるわ)
瑛華が気まずくなっている間に、雹雪は女官を下がらせる。戸が閉められ、ゆっくりと雹雪が瑛華の側にやって来た。
雹雪は長く細い人差し指で瑛華の額を突く。
「いけない子。さては八稜鏡で禍姫の様子を見ていたね?」
「ごめんなさい、あの子の惨めな暮らしが気になって。だけど思っていたのと全然違って腹立たしかったわ」
瑛華は惺嵐が醜男でなかったことや、莉珠があちらの後宮でうまくやっていることを説明する。話を聞きながら雹雪は鏡の前に座った。
術が解け、映し出されているのはこちらの風景だ。
雹雪が手をかざすと鏡には再び莉珠たちの姿が映った。親しげに桃饅頭を食べている二人の様子が見える。
下唇を噛み締める瑛華に対して、雹雪は可笑しそうに笑った。
「流石は下女の娘だ。蛮王と仲を深めているようだけど、徒労に終わって可哀想に」
「どういうこと?」
瑛華はきょとんとした顔で首を傾げる。
雹雪はくすくすと笑いながら答えた。
「禍姫が後宮を出る前にこなたが何をしたのか覚えているね?」
瑛華は莉珠と最後に顔を合わせた日のことを思い出す。
「確か、お母様は災いを退けるために邪針を打ったわ」
「そうだとも。でも肝心なのは何の針を打ったかだ。こなたがあの娘のために善意で何かすると思うか? そんなの天地がひっくり返ってもあり得ない。だって、あの娘の母親はこなたから愛する陛下の心を奪ったんだもの。大罪を犯した者に与える慈悲なんてない」
一頻り笑った雹雪は八稜鏡をギロリと睨めつける。
「いいこと、瑛華。禍姫はもう何十日と生きられない。だってあの娘に打ったのは――」
雹雪は鏡の縁を指の腹で撫でながら、莉珠の運命を語る。
瑛華は母の話を聞いて目を輝かせた。胸が弾んで仕方がない。
「そこまで手を打っていたなんて、流石わたくしのお母様だわ!」
「そろそろ幸せな夢から目を覚ましてあげないとね。真実を知らないままでいるのは可哀想だ」
雹雪は口端を釣り上げる。
そして、八稜鏡の側に置かれていた花瓶の花をぐしゃりと握り潰した。




