表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
禍姫の嫁入り〜身代わりの花嫁は蛮王の最愛を得る〜  作者: 小蔦あおい
第5章 襲われた王妃

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/31

第22話



 分かれ道の両方から風の流れを感じる。

「これではどっちへ進めばいいか分からないな。無闇に歩き回って体力を消耗するわけにもいかない」

 途方に暮れた様子で惺嵐は額に手をつける。

 惺嵐の隣に移動した莉珠はじっと前を見つめた。それから静かに口を開く。


「陛下、ここは私に任せていただけませんか?」

「莉珠に?」

 惺嵐は怪訝そうにこちらを見つめてきた。

 莉珠は首に提げている翡翠の佩玉に触れる。

(お母様は心から信頼できる相手に耳通力を話すようにと言っていた。そして陛下は、自分の秘密、魂命術を打ち明けてくれた。星星に憑依して孤独な私の心に寄り添ってもくれた。これって、私を信頼して想ってくれているからだと思う)

 だからこそ、自分だけが秘密を明かさないのは不公平だ。莉珠の中で決心が固まる。


「実は私にも打ち明ける秘密があります。それは――」

 莉珠は耳通力について惺嵐に話した。

「私が出口まで迷わずお連れしますので、陛下はついて来てください」

 莉珠にはどちらの道を選ぶのが正解か分かっていた。

 迷うことなく右側の道を選んで奥へと進む。歩みを進める中、ちらりと後ろを確認する。

 惺嵐はこちらを疑いもせず素直についてきてくれた。

 道は上り坂になったり、道幅が狭くなったりもしたが、とうとう強烈な光に辿り着いた。


「これで信じていただけますか?」

 洞窟から脱出した莉珠は後ろを振り向いて惺嵐の反応を窺う。

 惺嵐は顎を撫でながら神妙な顔をしていた。

「疑っていた訳ではないが、本当に迷わずに外に出られた。これは凄いな」

 それから改まった様子で惺嵐は莉珠に言う。

「秘密を打ち明けてくれてありがとう。このことは誰にも言わない」

「私も陛下の魂命術を誰にも言いません」

 莉珠は目を細める。些細なことかもしれないが、秘密を共有できたことで惺嵐との間にできていた溝が少しだけ埋まった気がした。


 感慨に耽っていると、上空でピィーという鳴き声が聞こえてくる。星星だ。

「今の俺は魂命術を使っている。今度は俺が莉珠を霊廟まで連れて行く番だ。翠月たちもそこで待っている」

 再び惺嵐が手を差し出してくる。

 莉珠は彼の手に自身の手を重ねると、二人並んで歩いた。

 星星に導かれ、莉珠と惺嵐は霊廟前に辿り着く。霊廟前には翠月や武人がそわそわとしながらも待機していた。

 翠月がこちらに気づいて駆け寄ってくると、目の前で場に跪く。

 それに続くように武人たちも跪き、頭を垂れた。


「陛下、よくご無事で。また我々が至らなかったせいで雪虎の襲撃に遭ったこと、深くお詫び申し上げます」

「俺も王妃も怪我はしていない。雪虎はどうなった? 負傷者はいないか?」

 翠月は莉珠と惺嵐が穴に落ちてからの状況を説明してくれた。

 今回の雪虎は近隣の村々を襲っていた厄介者だったらしく、武人数人がかりで仕留めたという。何名かは負傷してしまったようで、近くの村で手当を受けているらしい。


「大義であった。十分な休息を取ってくれ」

 惺嵐の言葉を聞いて武人たちが拱手とともに短く返事をする。

「陛下、予定が遅れてしまいましたが清めの儀の手筈は整えております。ご準備ください」

 翠月は手にしていた装飾の凝った長剣を惺嵐へ差し出す。

 受け取った惺嵐はそれを腰に差した。

「では霊廟へ行ってくる。おまえたちはここで待機せよ。王妃は一緒に来てくれ」


 霊廟は王族しか足を踏み入れられない神聖な場所。

 莉珠は惺嵐に連れられて霊廟の中へと向かう。葉が落ちた木々の間を通り過ぎると、山に溶け込むようにして大門が佇んでいた。門を潜ると拓けた場所に出る。その先には廟があり、岩盤を削った祠の中には像が祀られていた。



 惺嵐は靴を脱いで素足になり、広場の真ん中まで一人で歩いていく。続いて、剣を引き抜き、掛け声と共に舞を舞い始めた。

 何の説明も受けてはいないけれど、これが清めの儀だというのは分かった。

 国王はここで精神を統一し、先祖に祈りを捧げる。そうして祭天の儀を行って新しい一年が泰平であることを祈願する。

 頭の隅で清めの儀の重要さを説いていたけれど、莉珠はずっと惺嵐の剣舞に見惚れていた。


 力強い足踏み、しなやかな腕の動き。それに合わせて剣が踊っているようにも見える。

(凄い。剣がまるで生きているみたい)

 惺嵐は足を軸にして回転した後、背中を反らして剣を突き上げる。すると灰色の雲の隙間から陽の光が射し、惺嵐を照らした。未だにちらちらと雪は降ってはいるが、陽の光に反射して輝く雪が惺嵐を包み込んでいるように見える。

 その光景はどこまで神々しく、美しいと莉珠は思った。

 見惚れていると惺嵐と目が合う。その瞬間、心臓がドキリと跳ねた。なんだか惺嵐に内面を見透かされているような気がして顔を逸らす。


 惺嵐は剣を鞘に収め、ゆっくりと立ち上がった。

「清めの儀は無事に終わった」

 こちらに近づいてくる惺嵐の姿に、莉珠はハッとして声を掛ける。

「お疲れ様でした。とても素晴らしかったです」

(大丈夫。紅蓋頭で私の表情は分からない。心臓の音だって聞こえてないわ)

 紅蓋頭をつけている限り莉珠の心は暴かれない。安全は担保されている。

 そう思った矢先、惺嵐の手が目の前に伸びてくる。


「莉珠、この命尽きるまで俺はおまえを愛し続ける。二度と悲しませはしないと誓う」

 言い終わるや、紅蓋頭がゆっくりと捲り上げられる。薄ぼんやりとしていた景色が鮮明になり、惺嵐の顔がはっきりと視界に映った。

 青い双眸が真っ直ぐにこちらを射抜いてくる。

 静かに宿る強い光は、莉珠を捉えて離さない。


 ――やっと、本当の夫婦になれた。

 その実感が心の奥底から込み上げて来て、高揚感に全身が呑まれていく。

「俺たちの関係はこれからだが、もう二度と過ちは犯さない。莉珠、何か言っておきたいことがあるなら、遠慮せずに言ってくれ。先祖の前での誓いは決して違えない」

 これまでの罪滅ぼしとして、惺嵐は莉珠の願いを何でも受け入れてくれるようだ。

 だったら大事なお願いをしなくてはいけない。


「…………では、一つだけ約束して欲しいことがあります」

「なんだ?」

 指をもじもじと動かしていた莉珠は、意を決して口を開く。

「も……もし、私に飽きてしまっても、どうか逆縁婚だけはしないでください!!」

 顔を真っ赤にしながらも莉珠は必死にお願いをする。

「なんだって?」

「淑妃様から聞きました。この国には兄弟間で物のように女を回す逆縁婚という風習があると。陛下たちにとって普通だとしても、姚黄国から来た私には馴染みのない風習で……その、受け入れ、難いです」

 言い終えた莉珠は惺嵐を一瞥する。惺嵐は目を見開いて口を半開きにしていた。


 おかしなことでも言ってしまったのだろうか。もしかしたら文化の違いで驚いているのかもしれない。

「……莉珠、誤解があるようだが逆縁婚とはそんな風習じゃない」

「え?」

 今度は莉珠が喫驚する。目を白黒させていたら、惺嵐が困った表情になった。

「そうか。向こうがうちを野蛮だとするのはこの風習が変に伝わっているからだな」

 顔を手で撫でた惺嵐は改めて逆縁婚について教えてくれた。

 そもそも逆縁婚とは、夫を亡くした妻が兄の兄弟と再婚する風習のことを指す。決して要らなくなった妻を兄弟間で回して物のように扱う風習ではない。


「これは血筋や部族の結束を維持するための風習だから、飽きて女を捨てるために作られたものじゃない」

「そうなのですね。私はとんだ勘違いをしていました!」

 嘘を教え込まれて酷い勘違いをしていた自分が恥ずかしい。けれど、同時に野蛮な風習ではないと知って安堵の息を漏らした。

「真実を知って安心しました」

「おまえが安心するならいくらでも話す。そして俺は生涯莉珠しか愛さない。逆縁婚にならぬよう、長生きもする」

「私も陛下に相応しい王妃になれるよう、研鑽を積みますね」

 まだまだ自分は未熟な王妃。これからも頑張らなくてはいけない。


 すると、惺嵐が懐から玉の腕輪を取り出し、それを莉珠の手首にはめてくれる。

「おまえは充分聡明で俺に相応しい」

 うっとりと目で見つめてくる惺嵐。熱の籠もった瞳に莉珠の身体もカァッと熱くなる。

(宝珠山は寒いところだからたくさん着込んできたのに)

 莉珠はしばらくの間、全身の熱がなかなか取れなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ