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禍姫の嫁入り〜身代わりの花嫁は蛮王の最愛を得る〜  作者: 小蔦あおい
第5章 襲われた王妃

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第21話



 本来ならこんな発言は不敬であり万死に値する。けれど、我慢を続けるのも限界だった。

(私だって、好きで嫁いだわけじゃないのに。身代わりでこの国にやって来て右も左も分からないままとけ込もうと必死だった。それでいつか陛下が、陛下に……)

 全てを吐き出した莉珠はそこではたと気づいた。

 自分はただ惺嵐に認めて欲しかったのだと。


(私、何を期待していたの?)

 莉珠は惺嵐から顔を背ける。

 自分の本当の気持ちを知って恥ずかしくなった。

 身の程を弁えていたはずなのに欲が出てしまっている。

 きっとそう思うようになったのは、如意や星星、それから玲瓏や瑩瑩が莉珠を認めてくれているからだろう。

(ちゃんと身の程を弁えるって決めたじゃない)

 莉珠は両頬に手を添える。


「取り乱してしまって申し訳ございません。今のは忘れてください。陛下のお望みとあれば私は従います」

 莉珠は惺嵐から距離を取るように後退る。

 けれど、腕を掴まれてそのまま惺嵐に抱き締められた。

「陛下、お戯れが過ぎます!」

 突然の抱擁に莉珠は悲鳴を上げる。

 一刻も早く離して欲しい。じたばたと暴れるけれど、身体はびくともしない。

 惺嵐の腕はさらにきつくなった。


「俺が嫁に欲しかったのは、愛おしくてやまないのは、瑛華ではない。赤眼の禍姫――莉珠、おまえだ」

 惺嵐から紡がれる言葉に莉珠は目を見張る。

「あ、あり得ません。美姫であるお姉様を選ばない殿方がいらっしゃるなんて。それにどうして私が禍姫だとご存知なんですか?」

 瑛華が姚黄国の美姫である一方で、莉珠は禍姫として疎まれてきた。

 存在は秘匿にされ、後宮の外で知っているのは一部の臣下だけだ。

 自分の存在が漏れるなんてあり得ない。ましてや周辺諸国の王が知る術などどこにもないはずなのに。


「安永城の後宮でおまえは星星を助けてくれただろう? 私は星星の身体に魂の半分を憑依させていた。だから旅立つまでの間、ずっとおまえの側にいたんだ」

 莉珠は惺嵐から蒼冥国の王族に代々伝わる秘術――魂命術について教わった。

 それは動物に魂の半分を憑依させる術で、発動と解除の条件は呪文と憑依対象の動物に触れる必要があるという。

 安永城の後宮にいた星星が天藍宮殿へ戻れなければ、惺嵐の術は永遠に解けない状態だった。

 莉珠はそこで合点がいった。


 いつも雹雪や瑛華から酷い折檻を受けた後、必ず星星は薬草を咥えて持ってきてくれた。あれは星星に憑依していた惺嵐からのものだったのだ。

(私の話し相手になってくれたのも、辛い時に寄り添ってくれたのも、あれは陛下だったの?)

 惺嵐を見上げると、彼が愛おしげに目を細めてくる。

「莉珠は私と星星の命の恩人だ。共に過ごしていくうちに、私はおまえの折れない心や優しさに惹かれていった。花嫁にするなら莉珠しかいないと思ったんだ」

 惺嵐の真摯な言葉には嘘も偽りもなかった。

(本当に? 本当に私を望んでくれているの?)


 誰からも疎まれて必要とされてこなかった。そんな自分を必要としてくれている。

 莉珠は目頭が熱くなった。はっきりと見えていた視界は涙でぼやけていく。

 惺嵐は気まずそうに言う。

「婚礼の儀で俺はずっとおまえを瑛華か、彼女になりすました女官だと思い込んでいた。莉珠だと気づいたのは最近で、既にかなりの溝が生まれてしまっていた。情けない話だが俺はおまえの顔が見たくて、星星に憑依して毎日会いに行っていた」

 いつからだったか、たまに来てくれていたはずの星星が毎朝必ず顔を見せに来てくれるようになった。


(会いにきてくれていたのは、陛下が憑依していたからなのね)

 惺嵐の不器用な優しさを知って胸の奥が疼く。

 誰かに気にかけてもらうことがこんなに嬉しいだなんて初めて知った。

「私を恨むなら存分に恨んでくれて構わない。怒るならそれもまた然りだ。虫のいい話に聞こえるだろうが、それでも私は莉珠と縁を繋ぎたい」

 惺嵐の言葉から真摯な想いと温もりが伝わってくる。

 莉珠は心が震えるのを感じた。嬉しくて堪らない。

 泣きそうになるのを耐えて口を開こうとするが、喉が震えて声が出ない。


「莉珠が嫌でなければ、霊廟で夫婦の誓いを立てさせてもらっても構わないだろうか?」

 莉珠は思わず息を呑んだ。

 霊廟での誓いとは、未来永劫約束を違えないという決心を先祖の前で宣言する非常に重たいもののことだ。よっぽどのことがなければ行われない誓いである。

(陛下は本気で私との関係を取り戻したいと願っているの?)

 一生愛されはしないし、関係も平行線のままだと思っていた。

 けれど、これまでとは違う新たな展開に涙ぐんでしまう。


 抱き締めていた惺嵐は莉珠から離れ、申し訳なさそうに眉尻を下げる。

「莉珠の言うように俺はこの期に及んで虫のいい話ばかりしているな。情けなくて堪らない。これからは、犯した罪を償っていくためにも莉珠の前では誠実であり続ける」

 惺嵐は真っ直ぐに莉珠を見つめてくる。その瞳に嘘偽りの色はない。

 一度拗れた関係を立て直すのは至難の業だ。すぐに良い方向へは進まないだろう。

(ここから関係を修復できるかは分からない。だけど私は、陛下の言葉を信じてみたい)

 莉珠は紅蓋頭越しに惺嵐を見つめ返し、こっくりと頷く。


 惺嵐はどこか安堵した様子で目を細めた。

「話したいことが山ほどあるが、移動しよう。翠月たちが首を長くして待っている」

 惺嵐が手を差し出してきたので、莉珠はその手を取る。

 すると惺嵐は莉珠の指をしっかりと自身の指と絡めて握ってきた。所謂、恋人つなぎだ。

(紅蓋頭があって良かったわ。だって私の顔、とっても熱いんだもの)

 莉珠は自分の顔が熱いのを自覚すると共に、惺嵐に触れられて胸の奥が疼くのを感じた。



 その後、惺嵐に手を引かれて洞窟の奥へと進む。

 微かな風が頬に当たることから、出口は存在するようだ。

 惺嵐は歩みを進める間に自分についていろいろなことを語ってくれた。

 どんな食べ物が好きで、何をしている時に幸せを感じるか。今まで知らなかった惺嵐の側面が露わになる。


「俺のせいで互いを知る機会がなかった。これから少しずつでいいから莉珠のことを教えて欲しい。俺の方は訊いてくれたら何でも話すから」

「私について語るものは大してありませんが――」

 莉珠は惺嵐に倣って好きな食べ物や何をしている時に幸せを感じるかを訥々と話した。

 これまで自分について語った経験がないのでとても緊張する。

 しかしその反面、不思議な感覚を覚えた。

 誰かに真正面から自分を受け入れてもらうのは、こんなにも嬉しいことなのだろうか。

 それは氷塊がゆっくりと溶け出すように。止まっていた時が進み出すように。

 莉珠の中で何かが変わり始める瞬間だった。



「――さて。これは困ったな」

 前を歩いていた惺嵐が突然歩みを止める。

 莉珠も惺嵐の背中から顔を出して前を確認する。

 すると、道が二手に分かれていた。


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