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第19話



 居室で夕食後のお茶を飲んでいた莉珠は、玲瓏から宝珠山同行の話を聞いて思わず聞き返した。

「私も宝珠山へ行くの? 何かの間違いじゃなくて?」

「間違いではございません。翠月より五日後、王妃様は陛下と一緒に宝珠山へ行く準備を整えておくようにと言いつかっております」

「そうなの?」


 莉珠の頭の上にはずっと疑問符が浮かびっぱなしだ。

 祭天の儀を行う前に国王は宝珠山で清めの儀――歴代の国王が眠る霊廟で剣舞を舞うというのは授業で習ったので知っている。そして、王妃が同行を許されていることも。

 だが、莉珠は紅蓋頭も外されていない半端な地位の王妃だ。厚遇されているとはいえ、寵愛などないに等しい。

「な、何故今更……」

 腑に落ちない莉珠の口から思わず本音が零れる。これまで散々放置してきたのにどういった風の吹き回しだろう。


 玲瓏は皿を片付けながら、知っている情報を共有する。

「陛下が王妃様も宝珠山に行く必要があると仰っておりました。なんでも、大事な話があるとかで」

 これまでずっと放置されてきた身としては、大事な話があるだなんて憂鬱そのものだ。

 いっそ、翠月に託けてくれた方が何倍も気楽である。

(もしかして二人きりになって逆縁婚を切り出される?)


 放置期間を経て、とうとう逆縁婚の運びになってしまうのだろうか。

 そこまで考えたものの、惺嵐の弟たちはまだ帰国していない。だからその心配はしなくていいはずだ。

(勿体ぶらずに早く仰ってくれたらいいのに……)

 翠月を通して惺嵐へ大事な話とは何か質問したかったが、怖くて訊けない。

 結局のところ、宝珠山当日まで莉珠は気を揉む羽目になった。そしてその間の莉珠は、ほとんど眠れなかった。


 連日の睡眠不足がたたって目の下にはクマができている。

 それを瑩瑩に化粧で隠してもらい、莉珠は紅蓋頭をつけて玲瓏と共に天藍宮殿の正門へ向かった。

 念入りに防寒着を着込んでいるので暑く、背中に汗を感じる。けれど、ここよりも寒い宝珠山へ行くのだから着込んでおいて損はない。

 莉珠は空を仰ぐ。今朝、星星は会いに来てくれなかった。毎日同じ時間に必ず来てくれていたので心配になる。

 それに憂鬱な日こそ星星と会って話がしたかった。


(星星から元気をもらいたかったのに……)

 眺める空は灰色の厚い雲で覆われている。

 星星が勇敢に飛ぶ姿が見えないか莉珠は辺りを探した。

「王妃様、既に準備が整っているようですよ」

 一歩下がって歩く玲瓏が話し掛けてくれる。視線を下に移すとそこには既に立派な馬車があり、周りは馬に跨る翠月と武人たちで固められていた。

(馬車に乗ってもいいのかしら? それとも陛下を待つべき?)

 準備が整ったと言われてもどう動いていいのか分からない。右往左往していたら、近くでふわりと白檀の香りがした。


「こっちだ」

 顔を向けると、隣にはいつの間にか惺嵐が立っている。

 莉珠の思考は一瞬停止した。

(……今まで一度も声を掛けてくれなかった陛下が私に声を掛けてくれた)

 これは雪でも降りそうだ。否、灰色の雲に覆われているのでその可能性は十分にある。

 莉珠は口を半開きにしたまま、惺嵐を紅蓋頭越しに見つめる。

「準備が整った。すぐに出発する」

 周りに聞こえるよう大きな声で惺嵐が指揮を飛ばす。


「王妃は私と馬車へ」

「……は、い」

 莉珠は後ろに控えている玲瓏へ紅蓋頭越しに視線を送る。

 玲瓏は莉珠の視線に気づいて微笑むと、大丈夫と言うように小さく頷いてくれた。

 莉珠も頷き返して前を向き、惺嵐の後に続く。

 馬車の前で惺嵐が乗り込むのを待っていると、突然惺嵐がこちらに手を差し出してきた。

「段差があるから気をつけて」

「ありがとうございます」


 彼なりの気遣いなのだろうが莉珠は困惑してしまう。これまでとまるで違う惺嵐の態度をどう受け止めるべきか分からなかった。

(仲睦まじい夫婦だと周りに示したいのかしら? だけど紅蓋頭をつけている時点で周りが私をどう思うかなんて明白だわ)

 自分は初夜で紅蓋頭を外してもらえなかった半端な王妃。大事な話があると言っていたが、実際はそれを口実にして莉珠を辱めるために呼んだのではないだろうか。

 疑念が膨らむ莉珠だったけれど、初夜の時のような敵意を惺嵐から感じなかった。

(陛下は何を考えているのかしら。本当に分からないわ)


 答えを探している間に馬車がゆっくりと動き始める。宝珠山到着はお昼前だと玲瓏が言っていた。それまでの間、ずっと惺嵐と馬車の中で二人きり。

 車内は沈黙に包まれて空気が重い。外から聞こえてくる車輪の音が嫌に耳につく。

 顔を上げていれば、惺嵐の姿が視界に入ってしまうので、莉珠はもうずっと膝の上に載せている拳を見つめていた。

「……寒くはないか?」

 沈黙を破ったのは惺嵐からだった。


 莉珠はおもむろに顔を上げて言葉を選びながら答える。

「はい。玲瓏が防寒着と貂の毛皮の襟巻きを準備してくれたので快適です」

「これから向かう宝珠山は寒く、午後からは雪が降りそうだ。風邪をひいたら大変だから何かあればすぐに私や翠月に言うように」

「お、お気遣いに感謝致します」

 相手が求める言葉を選びながら答えていく莉珠だが、ここでも惺嵐の意図が分からず思案に暮れる。

「朝早くの支度で眠いだろう。私のことは気にせず、宝珠山到着まで身体を休めてくれ」

「ありがとうございます。陛下」


(これ以上話を続けられても間が持たないし、お言葉に甘えて休ませてもらいましょう)

 莉珠は後ろの背に身を預けて目を閉じる。

 しかし、いつまで経っても眠気は襲って来なかった。

 時間が経つにつれて馬車の揺れは激しくなる。外の景色を確認したくとも、御簾で遮られていて叶わない。

 その代わり、気温がぐっと下がったのを肌で感じた。着込んだ防寒着は出発前まで暑かったのに今では心地良い暖かさだ。


(そろそろ宝珠山に入ったかしら?)

 景色が見えないので莉珠は周りの音から状況を確認することにした。馬の走る音や武人たちの息遣い、今後の流れについての会話。

 どれも莉珠が予想していた音。けれどその中に、微かだが別の音がする。

 それは横から何かが迫ってくる音だ。最初は鹿だと思った。けれど、鹿が駆ける音にしては静かだし、こちらに気づかれないようわざと音を消しているような気がする。


 莉珠は意識を集中させ、それが何なのか突き止めようとする。

 すると、グゥっという低い唸り声が聞こえた。

「――獰猛な獣の息遣い」

 莉珠が呟いたと同時に惺嵐が気配を察知して御簾を捲り上げる。

 その瞬間、木の上から白い虎がこちらに向かって飛びかかってくるのが見えた。


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