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第18話



 ◇


 惺嵐は机の上に積まれている書類一つ一つに目を通していた。

 ようやく最後の一枚が片付き、眉間の間を揉んだ。

 机の端に置かれている蓋碗に手をつける。中の茶葉は玫瑰花。少し温くなってはいるが慣れ親しんだ味がする。


 玫瑰花に樹蜜石を入れるのを思いついたのは惺嵐だった。これまで如意が玫瑰花を使って特産品を生み出そうとしているのはなんとなく理解していた。

 けれど、本人にそれとなく探りを入れても詳しい話はしてもらえず、完成するまで秘密だと言われていた。向こうは魂命術を知っているため下手に偵察にも行けず、惺嵐は手をこまねいていた。


(莉珠が如意と親しくなってからは、その全容が分かったがな)

 如意はこの国で親しまれている玫瑰花と乾燥果実を使って新しいお茶を生み出そうとしているようだった。

 しかし如意はまだ十三歳と幼く、思い込むと視野が狭くなるきらいがある。もっと柔軟に物事を見られるよう、ちょっとした助言を星星と翠月を通してさせてもらった。

(莉珠が劇的にお茶の味が良くなったと言っていたから、新しい特産品が完成するのももうすぐだろうな)

 星星の姿で莉珠のもとに顔を出す度、彼女は快く自分を迎え入れ、他愛もない日常を話してくれる。


 基本的に話してくれるのは授業で習った内容や、如意と研究している特産品についてだ。いきいきとした様子で話をする莉珠の姿を見ていると、惺嵐は幸せな気持ちになった。

 以前の莉珠は瑛華らしく振る舞おうと無理をしていた。濃いめの化粧と煌びやかな宝飾品をいくつも身につける姿は彼女らしくなかった。けれど今はそれもやめて莉珠本来の美しさを取り戻しているように思う。


 惺嵐は蓋碗を机に置き、引き出しから白色の玉を取り出す。初夜で取り上げた玉をいい加減、彼女へ返さなくてはいけない。

(莉珠と直接会いたい。今までのことを全部謝罪して紅蓋頭を取り、本当の夫婦になりたい)

 惺嵐は祭天の儀の準備や政務の合間を縫って、何度も後宮に向かおうとした。だが間の悪いことに緊急の用件が入って毎回行けなくなってしまう。

 仕事がようやく終わるのは夜半で、それでも莉珠の居室の前まで足を運んだことがある。

 だが、突然そんな時間に訪ねたら莉珠は驚くだろうし、怖がるかもしれない。

(初夜の時に、俺は彼女を随分怖がらせてしまっただろうからな)

 惺嵐は自業自得だと自嘲気味に笑う。


 すると、外で侍衛の静止を求める声が聞こえてきた。

 一悶着起きそうな予感がして、惺嵐は白の玉をさっと懐にしまう。それと同時にバンッと勢いよく両扉が開け放たれた。

 現れたのは般若の顔つきとなった如意だ。

「ちょっと叔父上!」

「如意、このところ顔を見ていなかったが息災か?」

 惺嵐は涼しい顔で如意に問う。その態度に如意は青筋を立てた。

「何が息災か、よ。さっき会ったでしょ!」

 如意はずかずかとこちらにやって来て、ダンッと机を叩いてくる。その拍子に机の上に載っていた蓋碗が激しく揺れた。


「叔父上、姑息な手を使って瑛華様に近づくのはやめてもらえる?」

「さて、姑息な手とは一体何のことだろう?」

 惺嵐は机の上に両肘をつき、手を重ねて顎を乗せる。

「しらばっくれても無駄よ。星星を通して接触してるじゃない!」

 嘯いてはみたものの、魂命術を使っているのを見抜かれているようだ。そして側から見れば姑息に映るだろう。

 如意が情けないと憤るのも頷ける。

 惺嵐はバツの悪い顔をした。


「言い訳に聞こえるかもしれないが、仕事が立て込んでいた」

「本当に言い訳ね。星星に憑依して会いに行くくらいなら元の身体で行けばいいでしょ」

「星星に憑依している間はこっちの身体で仕事はこなしている。俺だってこれ以上は情けない男になりたくない。だから五日後の宝珠山には彼女を同行させ、その時に話し合うつもりだ。もう手は回してある」

 惺嵐は面と向かって話をするため、宝珠山へ莉珠の同行を決定していた。


 もうすぐ行われる祭天の儀の前に、国王は宝珠山で清めの儀――歴代の国王が眠る霊廟で剣舞を行わなければならない。

 これには王妃の同行が許されており、惺嵐はこの機会に莉珠にすべてを打ち明けて謝罪しようと思っている。

「そして俺は霊廟で夫婦の誓いを立てるつもりだ」

 意図を悟った如意は心底驚いた様子で眉を上げた。


「あら。叔父上がそこまで考えているなんて知らなかったわ。だけど今度姑息な手を使ったら、私が星星に憑依した叔父上を捕まえて羽を毟り取るわよ」

「それは勘弁してくれ。あと星星は悪くないから危害を加えるな」

「それならこれ以上瑛華様を悲しませないことね。あの方が叔父上のことで顔を曇らせるのを何度見たと思ってるの!」

 罪の意識を感じて惺嵐の胸がズキリと痛む。

 莉珠を傷つけて悲しませたのは間違いなく自分だ。

(紅蓋頭を外していれば、こんなことにはならなかったのに)

 惺嵐はキュッと唇を引き結ぶ。

 不甲斐ない自分にほとほと嫌気が差す。だが、どんなに後悔したところで過去は変わらない。絡まったできた糸玉のように、この拗れた関係を自ら解消しなくてはいけない。


「もう二度と彼女を悲しませないと約束する」

 惺嵐は懐にしまった玉を指でなぞりながら誓いを立てる。如意は何か言いかけたが、惺嵐の真剣な顔を見て口を噤んだ。

「……今日のところは後宮に戻るわ」

 くるりと踵を返す如意に惺嵐はぴくりと眉を動かした。

「ところで如意、おまえはいつまで後宮に居座る気だ?」


 突然の鋭い指摘に如意の肩が大きく揺れる。こちらに振り向いた如意だが、完全に目は泳いでいた。

「あ、あら何のことかしら? 翠月の話だと私は瑛華様の話し相手なんでしょ。だったら彼女が私を追い出すまでずっと後宮に滞在するわよ」

 そう言い終えるなり、如意はそそくさと執務室から出ていった。その様子に惺嵐は苦笑する。これも長い間放置した自分が原因だ。


 どの道、莉珠が心を許しているのなら話し相手として如意を後宮に留めておくのは悪くない。供もつけずにたった一人でこの国にやって来た、彼女の寂しさを埋めてやって欲しいと思う。

 如意が居なくなってしばらくすると、星星が窓辺にやって来る。

 惺嵐は窓を開け、星星の身体に触れて術を解いた。

 寒風が頬を撫でる中、惺嵐は後宮がある方角をじっと見つめるのだった。


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