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第13話



 莉珠は瑩瑩を伴って如意のいる居室へと向かった。如意は後宮の隅に住んでおり、莉珠が与えられている居室からはかなり離れている。

「如意様は普段から厨房にいらっしゃいます」

 案内された厨房は扉が開いている。

 莉珠が中を覗き込むと、机の上に茶道具を広げた如意が難しい顔をしていた。


 蓋碗に玫瑰花(まいかいか)の蕾と乾燥果実の棗やクコの実を入れ、沸騰したお湯を注いでいる。少し蒸らした後、蓋をずらして如意は一口飲んだ。

「……味と香りはいいけど、棗とクコの実の甘さが薄れて味がぼやけるわね。配分を変えたけど今回も失敗だわ」

 ブツブツと呟きながら、如意は紙の上で筆を動かす。

 真剣に取り組んでいるのでいつ声を掛けるべきか莉珠が躊躇っていると、瑩瑩が代わりに声を掛けてくれた。


「如意様、王妃様がお越しになりましたよ」

 顔を上げた如意は筆を置いた。

 椅子から立つと右腰辺りに手を添えて、慇懃な挨拶をする。

 二人きりの時とは態度がまるで違っていた。

「王妃様に如意がご挨拶申し上げます」

 莉珠はしげしげと如意を見つめ返す。



 ここに来るまでの間、莉珠は瑩瑩から如意のことを教えてもらった。

 彼女は先王の娘で、惺嵐の計らいで後宮に留まるのを許されている。けれどそれは王妃を迎え入れるまでの話で、今は莉珠が後宮入りしている。

 本来なら、如意は後宮を去らなければいけない。にもかかわらず、彼女は素知らぬ顔で居座っている。


(如意がここに留まっているのは、陛下が私の紅蓋頭を外さなかったからよね)

 紅蓋頭を外さないということは惺嵐が妻として、王妃として莉珠を認めないと宣言しているのも同じだ。

 そして惺嵐が如意を追い出さないところを見る限り、彼女はそれを容認されている。

 莉珠は後ろを振り向き、瑩瑩に下がるよう手で示した。瑩瑩によって扉が閉められる。

 二人きりになった途端、如意が露骨に顔を歪めてきた。


「ここはあなたのような高貴な人が来る場所じゃないわ。さっさと出てってくれる?」

「今日は話があって来たの」

「話すことなんてないわ」

 如意はばっさりと切り捨てる。さらに早くここから消えろというように手でシッシッと払ってくる始末だ。

 莉珠は負けじと微笑んだ。

「あなたはこの厨房でお茶の研究をしているんでしょう? 私に試飲させてくれる?」


 瑩瑩曰く、如意は先王と他国に負けない特産品を作ると約束していたらしい。

 近隣諸国には気候を活かした美酒を生み出している国や、伝統的な漆器産業が軌道に乗っている国がある。それらは大国・姚黄国との貿易で潤沢な利益を得ている。

 これといった特産品がない蒼冥国は、貿易で得られる利益が少ない。

 だから如意は玫瑰花を使った特産品を作り、姚黄国民にも慕われるお茶にしようと構想を練っているようだ。


「完成してないから無理。それに前のは美味しくなかったでしょ」

 莉珠は如意が淹れてくれたお茶を思い出す。

「あなたが淹れてくれたお茶は美味しかったわ」

「嘘なのが丸わかりなんだけど」

 鋭い指摘に莉珠は頬を掻き、困った表情を浮かべる。

「……正直に言えば玫瑰花は美味しかったけど、一緒に入っていた棗とクコの実は味がよく分からなかった。寧ろ玫瑰花の良さを邪魔していたわ」

 率直な感想を述べると、如意が複雑をした。同じことを思っていたようだ。


「乾燥果実をなくしたら、あれはただの花茶よ。私は付加価値のあるお茶を作って、この国ならではの特産品にしたいの」

 棗とクコの実はこの国で乾燥果実としてよく食べられている。

 如意は蒼冥国の良さをお茶に込めようとしているらしい。

「あなたの意見は参考にさせてもらうわ。話は済んだだろうしもう出てって。あなたも自分を着飾ることで忙しいだろうから」

 こちらに背中を向ける如意に、莉珠は下唇を噛みしめる。



 瑛華のように高貴な女性になるべく、莉珠はしっかりとした化粧をしてたくさんの宝飾品を身につけていた。

 けれど耳通力でこの国の現状を知った今、自分がどれほど滑稽なのかを痛感している。

 莉珠は一歩踏み出して口を開く。


「私はあなたが言うようにこの国について何も分かっていなかった。間者と言われても当然だわ。だって私は国民にまったく寄り添えていなかったんだもの」

「そのおめでたい頭で無知な自分に気づけたのは何よりね。だけど、それを私に報告されても……」

「だから後宮に当てられている内廷費を三分の二減らしたわ」

「え? はぁっ!?」

 にっこりと笑みを浮かべる莉珠に対して、如意は素っ頓狂な声を上げた。


 内廷費とは妃嬪が一年間に使える生活費を指す。毎年予算額が決められ、その中から催しの品や個人が所有する宝飾品、化粧品、着物などに当てられる。

「この後宮に妃は私しかいないし、大金なんて必要ない。浮いたお金を国民のために使って欲しいから、翠月に国庫へ戻すようお願いしてきたわ」

 莉珠は如意のところへ行く前に翠月を後庭に呼び出していた。内廷費を削減すると翠月に言ったら、少し驚いた顔をしていたが肯ってくれた。

 さらに国庫に戻した内廷費が国民に還元できているか、定期的に報告書をもらえるようお願いもしてきた。

(まだまだ未熟で無知だけど、自分にできることは全部やっていかないと)


 次に莉珠は頭の簪をスッと引き抜く。簪だけでなく歩揺も腕輪もすべてを外し、茶道具の隣に並べた。

「これを如意にあげる」

「こんな高価な品を渡されても嬉しくないわよ。私に着飾る趣味なんてないし」

 如意は腕を組み、半眼で莉珠を見つめてくる。

 精巧で豪華な宝飾品を横目に、莉珠は大きく頷いた。

「私もここに来るまで着飾る趣味なんてなかったの。だからこれはあなたの研究費に充ててちょうだい」

 安永城にいた頃は宝飾品も化粧もせずに過ごしていた。

 莉珠にとって、これらの宝飾品は身の丈に合わない。


 如意は自身の家財を売って特産品の研究に勤しんでいると瑩瑩が言っていた。だからこれらの宝飾品を別の形で有効活用しようと思いついたのだ。

 予想だにしなかった莉珠の提案に、斜に構えていた如意が狼狽える。

「はっ、ええっ!?」

「お金が足りなくなったら教えて。まだ何点かあるから渡すわ」

「本当にもらっていいの? 後で返してって言われても無理だからね?」

「さっきも言ったけど、私に着飾る趣味はないの。この宝飾品たちを渡すから、その代わりと言ってはなんだけど、私にも特産品の研究に参加させてくれないかしら?」

 後宮から出られない莉珠が国民のためにできること。それは蒼冥国の知識を深め、如意の特産品の研究を手伝うことくらいだ。


 如意は莉珠と宝飾品を交互に見た後、ぶっきらぼうに答える。

「……どのみち私だけだと行き詰まっていたから、助手として使ってあげてもいいわよ」

「嬉しい。ありがとう」

 素直じゃない如意の言い方に莉珠はくすりと笑う。

 その日から莉珠は、如意と共に特産品の研究を始めた。


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