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第11話



 莉珠は朝から晩まで蒼冥国について学んだ。

 講師を務めてくれたのは瑩瑩と玲瓏の二人だった。

 高官の娘である瑩瑩に加えて、玲瓏は代々王家に仕える一族の娘だ。文化や風習だけでなく、宮殿内の仕来りなど様々な分野に精通している。

 心強い二人を講師に迎え、莉珠は研鑽を重ねていった。



 最初に瑩瑩が教えてくれたのは蒼冥国の名前の由来だ。かつてこの国の土地は、大部分が広大な湖に覆われていた。今は平野となってしまっているが、その湖は空に溶け込むように美しかったという。

 人々はこの地域を『蒼冥』という名で親しむようになり、国が建国された後もその名が引き継がれた。

 湖が枯れてしまった後の土地は乾燥地帯で、米よりも小麦の方が生産性が高くなっている。また、果樹栽培に適しているため、柘榴や葡萄などがよく採れる。

 莉珠に出されている食事にも毎回必ず旬の果実が並んだ。安永城の後宮でいる間、粗食を強いられていたので果物などほとんど口にしたことはなかったけれど、この国の果実はどれも甘くて美味しかった。


 また、瑩瑩の授業と並行して玲瓏から後宮の仕来りについて教えてもらった。

 蒼冥国は姚黄国と同じ君主制で一夫多妻制だ。安永城のように後宮で暮らす女人は外部との交流を制限されている。

 よっぽどのことがなければ外には出られず、勝手に抜け出せば重刑に処される。

 とはいえ、以前の莉珠は後宮内の柳暗宮と福寿宮しか往来できなかった。赤眼の災いを忘れた訳ではないが、それを抜きにしても行動範囲が天と地ほど差がある。

 また、国王の妻は正妻である王妃と側妃の二つに分かれるようだ。王妃と側妃の違いは、王妃だけに紫の品が下賜される点だ。所謂、禁色というものである。


「禁色の下賜は私の場合はないでしょうね。婚姻の証しだった玉も取り上げられてしまったし」

 惺嵐からすれば身代わりの王妃など寵愛するに値しない。だから玉を取り上げられたのは当然だと思う。

 ただ不思議なのは、後宮から一向に追い出されないことだ。それどころか非常に快適な日々を過ごさせてもらっている。

 安永城の後宮にいた頃はあばら屋に近い柳暗宮に住み、日々粗食を強いられていた。身の回りの世話だって全部自分だった。

 それに比べて天藍宮殿の後宮では温かな居室と充分な食事が与えられ、侍女に身の回りの世話をしてもらっている。


 今だって綿がたっぷりと入った布団を被っているし、寝る前に入れてくれた湯婆子(ゆたんぽ)はまだほんのり温かい。

 しかし、いくら厚遇されているとは言っても惺嵐とは初夜での対面以降、顔を合わせていなかった。

 毎回食事の席で惺嵐が来るのを待っているが、彼は一度も足を運んでくれない。

 夫婦になってもう半月が過ぎているのに、その関係は平行線のまま。下手すれば後退しているかもしれない。


(紅蓋頭も外されず、初夜も行われない。このままだと私は……)

 布団を強く握り締める莉珠の手は、じっとりと汗ばんでいた。

 莉珠は雹雪から聞いた逆縁(レビレート)婚がずっと頭の片隅から離れないでいる。惺嵐が莉珠を不要と判断したら、彼の兄弟間で物の様に回されてしまう。

(玲瓏によれば、陛下には弟君が二人いて今は外国へ行っているのよね。いつ帰ってくるかは分からないって話だけど)

 二人が帰ってきたら、逆縁婚が行われるのは時間の問題かもしれない。

 例えようのない恐怖が腹底から込み上げてくる。

 莉珠は頭のてっぺんまで布団を被って身体を丸めた。


(ううん、まだ逆縁婚が決まったわけじゃない。だから大丈夫よ、きっと)

 言い聞かせてはみるものの、惺嵐がどう考えているのか分からない。

 そもそも莉珠は惺嵐を知らない。兄弟がいるのだって玲瓏から教えてもらった。何が好きで何が嫌いか、莉珠には分からないことだらけだ。

(いろいろと課題が山積みだわ)

 布団の中で深いため息を吐いていたら、廊下から足音が聞こえてくる。

 程なくして、扉を叩く音がした。


「おはようございます。王妃様」

 入ってきたのは瑩瑩だった。

 莉珠は上体を起こしてから挨拶する。

「おはよう瑩瑩」

「今朝はよく眠れましたか? 身支度の準備に伺いました」

「ええ、眠れたわ」

 瑩瑩はいつもの要領で机の上に置かれている盥にお湯を注いでくれる。

 寝台から移動した莉珠は引き出しから巾着袋に入っている菱甘石を一つ出し、盥に入れる。手でお湯を混ぜて白灰色になってから目と顔を洗った。

 菱甘石はまだたくさんあるものの、手持ちがなくなる前に対策を採らないといけない。


(残りが少なくなったら、美容洗顔に必要だと言って取り寄せてもらうしかないわね)

 入手方法を思案しながら顔を洗い終えた頃には、瑩瑩が着物を用意してくれていた。

 莉珠は夜着から着物に着替え、八稜鏡で髪を整える。

 最初の頃は着替えや髪結いも手伝ってもらっていたけれど、落ち着かないので断った。

 その代わりに経験のない化粧をお願いしている。

 瑩瑩は化粧が上手い。莉珠は瑛華の化粧を思い出しながら、どんな風にしてもらいたいかこと細かに指示を出した。


「如何でしょうか?」

「とても満足よ。ありがとう」

 鏡に映るのは見たこともない自分の顔。違和感を覚えるが、これが瑛華のように高貴な女性の嗜みであるのなら、慣れなくてはいけない。

 莉珠は柔和な微笑みを浮かべてみせた。

 するとそこで、翠月と玲瓏が挨拶にやって来る。


「王妃様に拝謁いたします」

「顔を上げてちょうだい」

 翠月は数日に一度、莉珠の様子を見に来てくれている。彼は惺嵐の側近で、惺嵐の予定を把握している唯一の人物だ。

「翠月、陛下の予定はどうなっているの? 空いている時間はないかしら? この国について少し知識をつけたからお話がしたいわ」

「最近の王妃様は蒼冥国の文化や風習に対して研鑽を積まれております。きっと陛下も驚かれると思いますよ」

 話にあわせて玲瓏が援助してくれる。けれど、翠月は申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「あいにく陛下は多忙でして。時間を空ける余裕はありません」

 前回と同じ返答に、莉珠は肩を落とす。


「そう。それは仕方がないわね」

「毎回申し訳ございません」

「あなたが謝る必要ないのよ。陛下が多忙なのは当たり前で、仕方のないことだから。私の代わりに陛下を支えてね」

「承知しました。それでは私めは下がらせていただきます」

 翠月は拱手をして踵を返していく。

 彼を見送った後、莉珠は小さなため息を吐いた。

 国王という立場上、惺嵐が忙しいのは重々承知している。しかし、毎回断られるのは流石に堪えるものがある。



 莉珠の顔に暗い影がさした。惺嵐との関係は未だに何の進展もない。少しでも歩み寄りの姿勢をみせてくれたらとも思うが、惺嵐にはその気がない。

(それもそうよね。嫁いできたのが愛するお姉様ではなかったんだもの)

 惺嵐にとって莉珠と関わるのは時間の無駄。

 したがって、こちらが身代わりの罪を償うために関係を改善したくても、その機会は一向に巡ってこない。

(何か他に方法があれば……だけど何ができるかしら)

 俯きがちに考え込んでいたら、玲瓏が優しい声で話しかけてくれる。


「王妃様、本日は授業をお休みして後庭へ行きませんか? この半月ずっと部屋に籠もっていましたし、外の空気を吸いに行きましょう」

 言われてみればその通りだ。

 ここに通されてから莉珠は一度も部屋の外に出ていない。

 基本的に侍女たちが世話をしに来てくれるため、外へ出る必要がなかった。

 玲瓏の提案に莉珠の心は少しだけ晴れる。

「そうね、是非お願いしたいわ!」

「では早速参りましょう」

 後宮の外に出るので莉珠は紅蓋頭を被り、玲瓏と瑩瑩を伴って後庭へ足を運んだ。


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