第1話
濃紺色だった黎明の空が徐々に白み始める。
煌々と輝いていた星々は姿を消し、東の空からは曙光がさしていた。
初春を迎え、少しずつ温かくなってきた姚黄国。その王都には広大かつ壮麗な安永城がそびえ立っていた。
城内には皇帝に仕える女の園――後宮が存在し、その東端には柳暗宮という小さな宮がある。
冷宮のように廃れていて、人の往来などほとんどない寂しい場所なのだが、そんな場所から一人の少女が現れた。
柳暗宮に住まう公主・莉珠は空を仰ぎ、赤い瞳を細めてから宮の外に出る。
後宮の誰よりも先に活動を始めた彼女には里院掃除という仕事があった。人が出歩く前に掃除しろと言いつけられているため、朝は早い。
(まだ外で声はしないから大丈夫。だけど女官や宮女たちが出歩く前に済ませないと。鉢合わせしたら怖がられるし、後で折檻されるから)
普通の人と比べて音の聞こえる範囲が広い莉珠は、周囲を確認しながら足早に歩いていく。掃除道具を取りに里院を横切ったら、茂みからバサバサと音が聞こえてきた。
「何かしら?」
莉珠は首を傾げる。妃の猫が脱走でもしたのだろうか。だったら宮へ返さなければ。
そう思いながら茂みをかき分けて顔を近づける。
「わあっ!」
思わず感嘆の声を上げた。
そこにいるのは、翼を頼りなげに動かす鷲だ。翼の一部が青みを帯びていて神秘的な印象を受ける。
「あなた、怪我してるの?」
鷲の翼には血がついている。
痛々しい姿に莉珠は眉根を寄せた。手を伸ばそうとしたら、鋭い嘴で襲いかかられた。
慌てて手を引っ込めた莉珠は、鷲を落ち着かせようと話し掛ける。
「怖がらないで。私はあなたを傷つけないわ」
それでもまだ威嚇してくるので真摯な声で言う。
「このままでは他の人に見つかって殺されるか、愛玩にされてしまうのよ」
色の珍しい鷲だ。その美しさに魅了された妃の誰かが、羽欲しさに殺すよう宦官に命じるかもしれない。あるいは、愛玩として二度と大空へ羽ばたけなくするかもしれない。
「私はあなたを助けたいの」
胸の上で手を重ね、真剣な眼差しで訴える。
莉珠に害する気がないのが伝わったのだろう。
最初こそ警戒心を露わにしていた鷲だったが、最終的に大人しくなった。
手を伸ばせば、今度こそ背中を撫でさせてくれる。
「いい子ね。まずはあなたが安心して休めるところへ連れて行くわ」
鷲を抱き上げた莉珠は、くるりと踵を返していった。