第97話 郁人おじさんの人生無双。
あれから2年が経った。
樫本先生からは、民主制の理念から賄賂の断り方(笑)まで、いろんなことを教えてもらった。
俺は手で庇を作って、とある山道に立っている。足元には胸を押し付けてくる絶世の美少女。
「パパさまっ」
つむぎだ。
2年の間に、元気な巨乳娘に育った。
実は、あの後、おれの白血球の型(HLA)の一部が、つむぎに適合することが分かった。適合の程度は低く、従来の基準では不適合であったが。
みやびが自社で開発していた免疫抑制剤の治験に押し込んでくれ、移植を受けることができた。
治験の前に、つむぎに新薬の化学式を見せろと駄々をこねられた。本当は最高機密なのだろうが、子供だからと、コーディネーターさんが融通をきかせてくれた。
化学式をみて、つむぎはポツリとつぶやき、数文字を書き加えた。
「これなら、これからもパパさまと遊べそうじゃの。だがな。ここをこうすれば、服用期間を二年ほどにできるのじゃが……おしいのぅ」
術後は一生飲み続けなければならなかった免疫抑制剤。それを数年に短縮したのは、実はツムギのアイディアなのだ。
ほんとうに、この子は。
きっと、どの方面に進んでも、偉大な功績を残すのだろう。凡人のおれは、彼女を、より高く飛躍させるための足場なんだろうなと思う。
ちなみに、その功績によってかわからないが、つむぎは15歳にしてアメリカの大学院に通っている。
最近は大人顔負けの胸を押し付けて、よく誘惑してくる。
「我も女子大学院生じゃからの。そろそろ、ねんごろな感じになってもよいぞ……? ほれほれ。この胸を好きにしたいじゃろ?」
どこまで本気なのだろうか。
ときどき、冗談じゃないのではないかと思う時がある。
それはさておき、移植後の経過もよく、つむぎはこうして以前のように元気に飛び回れるようになった。
この新薬が日本でも承認されれば、今後、多くの人が骨髄移植を受けられるようになるだろう。
渡米しての骨髄移植は、家が買えるほど費用がかかったし、すごく痛かった。だけれど、つむぎの身体の中で、俺の骨髄が、その命をつむぎ、支えているかと思うと、本当の親子になれたようで、すごく誇らしい。
みやびの渡米は、おれから逃げた訳ではなかった。彼女は、数年前に論文でみた新薬に可能性を見出し、開発に志願したのだ。
結果としては、みやびがツムギを救ったんだと思う。逃げ出したヘタレな俺と違って、別れた妻は、強い女性だった。
そして、莫大な治療費は、なんとコトハが助けてくれた。
家に来なくなったあと、コトハはオーディションを受けまくったらしい。そして、めでたく、人気のアニメシリーズに起用され、一躍、人気者になった。そこで、知名度を利用して、資金を集めてくれた。
みんなそうだ。
俺がやさぐれている間。
いつか俺が立ち直ることを信じて、俺のために頑張ってくれていた。
さくらは教育委員会に異動になり、教育問題の解決のために尽力してくれている。
カレンは、シンママのためのNPOを作った。そして、旦那からぶんどった資金を元手に、実業家としても頭角をあらわしている。
「企業献金は任せて」とのことだったが、カラダで払えとか言われそうで、ちょっと怖い。
そして。
俺は今年の知事選に出馬した。
山道を登り切った高台で、墓石に手を合わせる。
「……九条。りんごと結婚したぞ。おれを、いや、俺たちを守ってくれ」
俺は、九条夫妻が眠る墓を眺める。
なんだか気が引けてしまって、なかなか、ここに来る機会がなかった。やっと胸を張って、自信をもって来れるようになった。
九条の好きだった肴と日本酒をお供えした。おまけの小さな盃に日本酒を注ぎ、20歳になったばかりのリンゴに渡した。
「な。20歳になったんだから、親父の酒につきあってやれよ」
「……はい」
りんごは微笑むと、数口飲んで、まだ日本酒が残る盃を墓前に置いた。
「さて。俺らもがんばろっか」
振り向いた先には、私設秘書の綾乃、自称秘書の瑠衣がいる。そして、俺のすぐ横には、薬指に指輪をしたリンゴ。
政策目標はあるのかって?
りんご、つむぎ、綾乃、瑠衣、ことは、さくら、歌恋。
俺は彼女たちに、何かを与えているつもりだったが、実際には、彼女たちから多くの物を与えられてきた。
だから、掲げる政策は決まっている。
教員の待遇改善、奨学金の整備、児童養護施設へのより手厚い予算配分、DV対策のシェルターの充実。
それらはどれも、大物政治家先生からすれば、ささやかなことなのかも知れない。でも、俺にとっては、彼女たちから託された大切なコアだ。
それと。
医薬品承認の迅速化と新薬創出の支援。
近い将来、皆が国内で最高水準の医療を受けられるようになりますように。
医療については、知事の権限を超えているのかもしれないが、いつの日か成し遂げたい。
そして、内緒の目標。
それは悲願の「ハーレム婚」。
ふふふ。
いつの日か、やってやるぜ!
俺がニヤけていると、リンゴにつねられた。
「浮気はメッ!!」
「わ、わかってるよ……」
綾乃と瑠衣は、俺らをみて笑っている。
俺は一人じゃない。
彼女達がいれば、きっと、どこまでも行ける。
そうして皆で。
今日も明日も街頭にたつ。後に泡沫候補の番狂わせ選挙だったと揶揄されることになる、今回の知事選を勝ち抜くために。
(おわり)
※左から、さくら、ことは、綾乃、りんご、瑠衣、歌恋、正面おじさん、手前はツムギです。
これにて郁人オジサンは完結です。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。気に入っていただけたら、評価やコメントをいただけますとモチベが上がります。
ではまた。別の作品で。
今後ともよろしくお願い致します。




