第96話 それは父からの贈り物。
数日後、綾乃と一緒に綾乃の実家にいくことになった。すると、実家ではなく、そこから数十分のところにあるマンションに連れいかれた。
インターフォンを鳴らす。
「はい」
ぶっきらぼうな声がして、俺より随分と年上そうな男性がでてきた。
男性は、眼光鋭く、俺を睨みつけた。
「こいつか?」
「うん。お父さん。この人だよ」
お父さん?
この人は不仲と言っていた、綾乃の父親か。
だったら、娘にちょっかいを出す俺の印象が良いハズがない。
「まぁ。娘の頼みだからな。会ってはやるが。それだけだぞ」
「うん。お父さん。郁人の話を聞いてあげて。そしたら、きっと見直すからっ!!」
おいおい。綾乃さんや。
俺は、たった今、彼の敵に認定されたと思うぞ?
「……郁人? きみ、名字は?」
「山﨑。山﨑郁人です」
すると、綾乃のお父さんは数秒、フリーズした。
「……山﨑? 山﨑先生のご子息かっ」
本気でだれか分からない。
っていうか、こんな地方に知り合いがいる訳がない。
「えっ」
「樫本だよ。樫本涼太。君のお父さんの秘書をしていただろ?」
あぁ。たしかに。
こんな人いたかも。
それからは、樫本さんの態度はガラリと変わって、恩人の子に接するように、すごく親身になってくれた。
綾乃が割って入った。
「郁人。日本を変えたいんだって」
えっ。
なにそれ。
初耳なんですけれど。
綾乃は眉を釣り上げて不満そうだ。
「郁人。いったじゃん。はじめてエッチしたとき」
総理にもなれそうだ、とは言ったけれど。
言葉のあやというか。
つか、お父さんの前で「エッチ」とか言わないで。こいつ、実は俺をイジメて楽しんでるのか?
樫本さんは俺を睨むと、咳払いをした。
「まぁ。英雄、色を好むというしな。君のお父さんも、それはすごかったぞ?」
やめて。
父のそんな話聞きたくないの。
樫本さんは続けた。
「あんなことがなければ、総理にもなれる器だと思っていたのだけれど、本当に残念だよ。でも、君が跡を継いでくれれば、お父上も本望だろう」
樫本さんは、現職の県議で政治塾をしているらしい。しばらくはそこで、秘書をしながら勉強してみないかと言われた。
後ろ楯がない俺には、願ったり叶ったりの話ではある。
家に帰って、親父の写真を眺める。
俺は、政治家が一番嫌いだったのにな。
俺はどうしたら……。
「そんな大それたこと。俺にできるのかな」
すると、りんごが紅茶を淹れてくれた。丸いお盆にポットとティーカップを乗せて、こちらに歩いてきた。
「郁人さん。綾乃ちゃんの用事はどうでしたか?」
おれは事情を説明した。
りんごは、ニコニコしながら俺の横に座った。
「郁人さん。わたしのこと。綾乃ちゃんのこと。瑠衣ちゃんのこと。コトハちゃんのこと。さくらさんのこと。カレンさんのこと。皆んなのことを、問題ごと包み込んでくれてくれたじゃないですか。つむぎちゃんも……」
りんごはコホンと咳払いをした。
「貴方は少なくとも、もう既に7人の女の子を幸せにしてるんですよ? だから、きっと貴方ならできると思うな。日本中を幸せにして。郁人さん」
そういうと、りんごは照れくさそうに立ち上がった。去り際に、テーブルに封筒をおいた。
「それ。この前、お掃除していたら、偶然みつけたんです。お父さんからのお手紙ですよね?」
手紙には、ひらがなで「おとなのいくとへ!」と書いてあった。
なぜ。大人宛なのに平仮名(笑)。
さてさて。
親父は、今の俺にどんな説教をしてくれるのだろう。
俺の口元は、いつのにか綻んでいた。