第89話 お風呂に浸かって考える。
コトハにはパンツを履くことを禁じた。
せいぜい骨盤底筋を活用して、オモチャが落ちないようにするといい。
だが、期待に反して、コトハは5歩ほど歩くと、ビクビクしてから、へたり込んでしまった。
「これすごすきるっす」
って、まだスイッチ入れてないんですけれど……。
コトハはよろめきながらも、生まれたての仔牛のように内股で歩き始めるが、またすぐに座り込んでしまい、動けないようだ。
これは……。
反応が良すぎてダメそうだな。
失神とかされても困る。
「ひゃんっ」
おれはコードをもって、おもちゃを強引に引っ張り抜くと、コトハをエスコートするように腕を組んだ。
「ごめん。やりすぎた。立てるか?」
コトハは俺の顔をみつめて言った。
「……、優しい。うれちい」
リビングに入ると、部屋は小さな風船やモールでデコレーションされていた。
サンタ娘3人の間に座らされる。
グラスのシャンパンを掲げ、トナカイのコトハが持ったカメラの方を向いた。
タタっとコトハが俺の前に座り、みんなでシャッターがおちるのを待つ。
『今は、俺の人生ですごく幸せな瞬間なんだろうな』
俺はそんな事を考えながら、ニーッと笑顔を作った。
「メリー•クリスマス!!」
それからは、皆でゲームをしたり、思い出話をしたりして楽しく過ごした。
娘が4人いたら、きっとこんな感じなのかなぁ。俺は、ワインを飲みながら、そんなことを想像していた。
いや、うちは普通と違うか。
だって、トナカイ娘が俺のパンツの中に手を入れてるし。
あっ。そうだ。
俺は部屋に紙袋を取りに戻る。
実は、今回のクリスマス会はプレゼント交換を禁止にした。それは、それぞれ全員に渡していたら大変だし、俺だけ渡して、ちょっと目立ちたかったからだ。
そんなわけで、おれは内緒のプレゼントを準備していた。紙袋を待って席に戻る。
「これ、おじさんサンタから」
そう言って4人にプレゼントを渡した。
お絵描き好きなツムギには液晶タブレット、もうすぐ成人を迎えるリンゴには万年筆、大学生の綾乃にはタブレット端末。
コトハにはさっきのバイブ……、じゃなくて、ショップのギフト券。
すると、コトハは本気で寂しそうな顔をした。
「ワタシだけ、手抜きな気がするっす」
だが、そんな自分の顔色に気づいたのだろう。コトハは、すぐに笑顔になった。
「軽く扱われたら興奮のハズなのに、変っすね。……ありがとうっす」
俺はその反応が少し意外だった。
「……コトハは、これからオーデションに行ったり服が必要だろ? ほんとは服をプレゼントしたくて選びに行ったんだけれど、おじさんには分からなくてさ。だから、一緒に選びにいってもらえないかなと」
予算もあるし、今日渡しかったので、ギフト券というカタチにした。するとコトハは、さっきの何倍も嬉しそうな顔になって、抱きついてきた。
綾乃とつむぎも喜んでくれているようだ。
良かった。
リンゴは……泣いてた。
やばい。なんかやらかしたかな。
もしや、瑠衣のことか?
泣かした心当たりがありすぎて困る。
おれはボロが出ないように冷静を装った。
「ごめん。気に入らなかったかな?」
リンゴは涙を拭った。
「あっ。違うんです。お父さんが、わたしが成人したら万年筆をくれるって言ってたのを思い出してしまって」
……そうだったのか。
「ごめん、俺、がぶっちゃったね」
リンゴは万年筆を大切そうに待つと、くるりと右手の親指の上で回した。
「ううん。すごく使いやすそう」
「そうか」
「本当に嬉しいよ。お父さん」
それは誰に向けての言葉だったのだろう。
でも、喜んでくれたのなら良かった。
コトハがこっちをみてニヤニヤしている。
「なんだよ?」
「いっきゅん。泣いてるよ? 泣き虫〜」
まじか。
年齢とともに涙腺が緩くなって困るぜ。
クリスマス会も終わり、片付けは4人に任せて、俺は風呂に入ることにした。
楽しかったなぁ。
来年も、こうして皆で一緒に過ごせたらいいな。
あっ。来年は、さくらとカレンもかな。
って、カレンは再婚してたりして。
幸せなのは嬉しいけど、素直に祝福できるかな。
風呂に浸かって、そんなことを考えていると、スマホにメッセージの着信があった。
こんな時間に誰だろう。
さくらかな?
ドライヤーを当てながら、スマホを手に取って確認する。すると、意外な人からのメッセージだった。
「実は日本に戻っています。明日か明後日に、少し会えませんか? みやび」
山﨑 みやび。
それは俺の妻の名だ。