第85話 瑠衣とのイヴ。
もうすぐ今年も終わりだ。
今日はクリスマスイヴ。
巷のカップルは、性なる夜を過ごすわけだが、俺はそうもいかない。身体はひとつしかないし、個別の対応は無理だ。ちょっと申し訳ないが、みんなでクリスマス会をすることにした。
だが、その前に。
瑠衣と会う約束をしている。
俺は、待ち合わせ場所で待つ。
偶然だが、ここは、瑠衣と初めて会った場所だ。
時間より随分と早くついてしまって、俺は、瑠衣に会ってからのことを振り返ることにした。
さくらやコトハ、皆は仲がよいのだが、瑠衣は馴染めていない。いや、馴染む気すらないのかも知れない。
瑠衣は、初対面の印象はすこぶるいい。いつもニコニコしていて、優しくて。エプロンをつけてバイトしている姿は、いかにも女子っぽい。
いい子に見える。
だけれど、付き合いが深くなると、その印象はガラリと変わる。たぶん、皆の中で、一番したたかで、計算高い。言い方はキツイかもしれないが、一番性格が良さそうなのに、一番悪いのだ。
それに対して、綾乃やコトハ、さくらやりんご。みんな計算をしないタイプだ。初対面では誤解を与えがちな子もいるが、とても良い子達。
それなのに、一番恵まれた環境で育ったと思われる瑠衣は違う。いや、もしかすると、年頃の女の子としては、瑠衣が普通なのであって、他が奇異なのかもしれない。
だけれど、俺が入院したら、瑠衣も病院まで来てくれたし、好意をもってくれている気はする。まぁ、こんなおじさんの相手をしても良いことないだろうし、きっとそうなのだろう。
そんなこんなで、想像の世界に飽きてきた頃、瑠衣がきた。手を振って、こちらに駆けてくる。
すると、周りの男達が振り返る。
可愛い子とすれ違うと振り返ってしまうのは、男の本能なのだろう。その中の何人かは、一緒にいた彼女に怒られている。可哀想に。彼らはイヴなのに、これから喧嘩か。
瑠衣は、そんなことは全く気にしない様子で、俺の腕に抱きついてきた。すると、瑠衣の前髪がフワッとなって、彼女の匂いがした。
ココナッツのような、少し季節感のない匂い。
「瑠衣、久しぶり。夕方までになっちゃうけれど、どこか行きたいところはある?」
すると、瑠衣は迷うことなく答えた。
「2人だけになれるとこ。……ホテルにいこっ」
え。
モテ期を満喫すると決めたオジサンとしては、断るという選択肢はないのだが、……本当にいいのかな。
だけれど、そんな気持ちとは関係なく、節操のない俺の肉体は、可愛くて性格の少し悪いこの雌に興味があるらしかった。
瑠衣が身体を擦り寄せてくると、ゾクゾクして、下半身に血液が集まるのを感じる。
「わかった。いこうか」
俺は、瑠衣を助手席に乗せると車を走らせた。
イヴということもあり、ラブホテルは軒並み満室だった。
そのうち探すことにも疲れてしまい、軽い自己嫌悪も相まって、瑠衣に言った。
「次が空いてなかったら、今日はご飯だけにしない?」
「……はい」
瑠衣は、寂しそうに俺の方をみると、うつむいて両手を膝の上で握った。
少し車を走らせると、空室の立て看板を出しているホテルをみつけた。看板なので、片付け忘れているだけかも知れない。
だが、とりあえずは確認してみることにした。
駐車場に入り、シートベルトを外す。すると、瑠衣がキスをしてきた。すぐに舌を入れてきて、少し甘い味がした。
「はぁ……っ」
瑠衣は、息継ぎを済ませると、小さな両手で俺の両頬を挟むようにして、またすぐにキスをしてきた。
「どうしたの? 急に」
「急じゃない。ずっとだもん。ずっと想ってた。だけど、郁人くんの周りには、いつも女の子がいて。わたしなんて入り込む隙ないじゃん。だから……」
「だから?」
「だから、今日、郁人くんとできなかったら、もう会わない」
おいおい。
なんでそう極端な結論になるんだ。
とはいえ、もう会えないのは寂しいし、くれるというならもらっときたい。
車を降りて、フロントに向かう。
途中、カップルとすれ違うと、その会話が聞こえた。
「どうする? ほかで空いてるところを探す?」
やはり、空いてないのかな。
それはそうだよな。イヴだし。
俺はフロントまで行き、ダメ元で聞いてみた。
すると、スタッフのおばちゃんが、「この部屋なら空いてるよ」と、案内ボードを指さした。
俺は部屋の説明文を読んだ。
「特別室。本格SMルーム。ご休憩、3時間18,000円」
たかっ。
しかも、初体験がSMルームって……。
いくらなんでも、可哀想だよな。
俺は瑠衣の方を見た。
「瑠衣、さすがにこれは……イヤでしょ? やめとこうか?」
すると、瑠衣は俺の手をギュッと握った。
「わたし……、ここがいい」
瑠衣は、真っ赤になって視線を逸らした。
口元は半開きになっている。
……もしかして、そういう趣味なのか?