第84話 コトハの貸衣装。
あれから1週間程入院して、ようやく退院できることになった。最後の検査でも脳に異常は認められず、一安心といったところだ。
カレンの方は、神木さんが頑張って交渉してくれた。旦那もヤバいと思ったらしく、あれ以降は素直に調停にも応じ、結婚してからの財産のほとんどを分与することになったそうだ。
これでカレンはDVから解放されるし、当面、生活にも困ることはないだろう。よかった。
俺の方も多少なりとも変化があった。
まず、りんごが心配性になってしまい、メッセージのやりとりが激増した。そして、カレンがベッタリになった。
『え。おまえ、こんなキャラだったの?』
そんな風に思うほど、ベッタリだ。会うと、ずっと好き好き言っている。次の家が見つかるまで、サクラの家にいるらしく、抜け駆けして片方だけに会えなくなってしまった。
あ、良いこともあった。
サクラのエッチがすごくうまくなった。
もともと身体は最高だったからな。
いうことなしの堕天使っぷりだ。
そんなこんなで最近は、さくらやカレンに付きっきりだった。だから、今日はコトハと約束をしている。
いや、コトハは図々しいようで、すごく遠慮屋さんなのだ。家の手伝いも沢山してくれているのに、こっちから提案しないと自分の要望は言ってこない。
それって、おじさん的には甲斐性がなさすぎてダメだと思う。コトハには、たまには我儘も言って欲しい。
と、いうことで。
これから成人式の着物を選びにいく予定だ。カッコつけて買っても良いとは言ったものの、コトハがレンタルで良いと言ってくれたので、内心はホッとしている。
うん。
おれってば、ほんと小さな男だな。
コトハを連れて予約していた着物のレンタルショップにいく。レンタル着物というと、古くさい店で、世話好きおばちゃんが幅を利かせているイメージだったが、ここは小綺麗な美容院のような雰囲気で、スタッフも若い女性ばかりだった。
すると、コトハが口を尖らせた。
「どしたの?」
「いっきゅん。かわいい店員さんのことばっかり見てる。今日くらいは、アタシのことだけ見て欲しいの」
そういうと、コトハは俺の服の袖を掴んできた。
うんうん。かわいいやつめ。
これで夜は変態なんだから、たまらない。
お客さんはコトハと同じくらいの子が多く、殆どが母親ときているようだった。
男親ときているのは、ウチくらいかな。
コトハは、両手を前で合わせて、なんだか寂しそうな顔をしている。俺はコトハの手を握った。
しばらくすると、不慣れを察してくれた店員さんが、システムを説明してくれた。
このショップでは、保有する着物を半数に分け、それを隔年でローテーションしているらしい。今年はグループAの着物。来年はグループBの着物、といった具合だ。
客は、基本的にその中から幾つかの候補を選び、数ヶ月かけて絞り込んでいく。
成人式や卒業式シーズンに需要が集中し、またクリーニングに時間がかかることを考えると、半数を翌年のストックにすることは合理的に思えた。
母親であれば、実体験から普通に知ってることなのかもしれないが、シンパパには青天の霹靂だと思う。一年も前から他の子は選んでいるなんて、夢にも思うまい。
パパと娘で1ヶ月くらい前にショップに来たものの、在庫がなくなっていて着物は借りられず……。どうしようもなくて、売れ残りの微妙な着物を購入。しかも、高い。
うわー。そんなオチが想像つきすぎる。
悲しすぎる展開だ。
今回の経験のおかげで、りんごやつむぎの時には、右往左往しなくて済みそうだ。俺がそんなことを考えていると、コトハが試着を終えた。
「どうっすか?」
「よく似合ってるよ。でも……」
それから何着か試着してもらい、予約時間の終わりが近づいてきたが、なかなか決まらなかった。
「どうっすか……?」
「可愛いよ。でも、あれはどうかな。あっちの赤い鶴が飛んでるヤツ」
「は、はいっす」
コトハは、俺が指定した赤地の着物を来てきた。菊が咲き、胸の下には鶴が飛んでいる。
コトハは、俺の目の前まで来た。はにかむと、両袖を肩のあたりまで上げて、くるっと回る。すると、コトハの両腕の長い袖が、蝶の羽のようにヒラヒラと揺れた。
「ど、ど、ど、……どうかな?」
「……すごく。うん。すごくいい」
「ど、どれくらい……?」
「世界一」
「……うれひい。いひひ」
「コトハは、気に入った着物はあった?」
「これにする……。いっきゅんが褒めてくれた着物」
「これからも打ち合わせとかがあるだろうから、変更もできるしな」
「いっきゅんが褒めてくれたから、他のに替えることはないっす」
気に入ったのが見つかってよかった。
すると、担当スタッフさんが、見積もりを作ってくれた。その金額は予想を遥かに超えるものだった。
3、30万円……。
着物のレンタルって、こんなに高いの?
普通にドレス買えるじゃん。
スタッフさんは、そんな俺の様子に気づいたらしい。
「お嬢さまがお選びの着物は、特に良質の紬でして……、他のになさいますか?」
俺の視線は、何度もコトハと見積書を行き来した。
高いから他のにするとか。
なんでもお金で解決する、おじさんの美学に反するし、成人の記念で、そんなことはできない。
しかも、あの着物を選んだのは俺だし。
俺は平然を装って言った。
「い、いえ。あれにします」
そして、コトハには聞こえないように小声で続けた。
「その、クレジットの分割払いでお願いします。分割回数はMAXで……」
様子を見ていたコトハは不安そうな顔をしている。
「いっきゅん。もしかして、すごく高いっすか? 他のも見てみようかな……」
俺は即答した。
「いや、よゆー。それにしよう」
ったく。
おじさんらしくカッコつけるのも楽じゃねーぜ。
あっ。せっかくだから。
「すみません。せっかくなのでスマホで写真とってもいいですか? コトハ。そこの傘をさしてこっち見て」
※イラスト描き直しました。2025/03
コトハは映える写真がいいらしく、ウサギの真似をしています。




