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第83話 ズボンはどこへ。

 

 そうだ。

 そうに決まってる。


 俺はベッドから立ち上がると、皆の制止を振り切って病室を出た。院内着で、チューブをぶら下げたまま、病院の中をウロウロする。


 りんごが追いかけてこようとしたが、神木さんが制止した。りんごに何か言い首を振っている。


 その様子をみて、俺は嫌な予感がした。


 エレベーターにのり、売店を探す。

 すると、この病院に見覚えがあることに気づいた。


 ここは、九条が入院していた病院だ。

 

 そうか。

 だから、りんごはあんなに泣いていたのか。

 心配かけてごめんよ。


 正直、ここは俺にとって縁起の良い場所ではない。


 あの日、俺は、飲み物を買いに売店に行った。

 そうだ。たしか、売店は地下だ。


 階段を駆け下りる。

 おぼつかない足取りで廊下を右に左に走り、俺は、小さな売店にたどり着いた。


 すると、あの日、俺がドリンクを手にとっていた場所にカレンがいた。カレンはこちらを見ると、目をまん丸にした。


 なんだか、何十年かぶりに会った気がして。

 俺はカレンに抱きついた。


 「かれん。無事でよかった」


 すると、かれんは涙を拭いながら口を尖らせた。


 「それは、こっちのセリフ。目覚めたんだね。ほんとうに良かった」


 カレンがあの時の状況を教えてくれた。

 俺はカレンに覆い被さって、代わりに蹴られたらしい。


 運悪く後頭部を蹴られてしまい、そのまま反動で花壇にぶつかって意識を失ったとのことだ。そのあとは、カレンが叫んで、周りの人が、旦那を取り押さえて助けに入ってくれたらしい。


 ……。

 

 ヒーローみたいにカッコよく助けたかったのだけれど。気絶して周りに助けられたらしい。


 ……ダサい感じだな。


 「ごめん。おれダサいな。むしろ、カレンに助けられてるじゃん」


 カレンは俺に抱きついて、顔を胸に埋めた。


 「そんなことない。ほんとうにほんとうに有難う」


 「それで、旦那はどうなったの?」


 それについては、神木さんから聞いた方がいいということで、病室に戻ることになった。


 病室に入ると、神木さんの奥さんも来ていた。

 凛さんだっけ。


 神木さんは、俺の手のあたりに視線を落とした。


 『あっ』


 おれはカレンと手を繋いでいたことを思い出して、手を離した。


 その様子をみて、神木さんはタメ息をついた。


 「山﨑さん。もう手は離さなくても大丈夫ですよ。ってか、ほんと無茶しないでください。連絡をうけたとき、私、目眩がして倒れそうになりましたよ」


 凛さんは言葉を続けた。


 「ほんと。なんだか、昔の蓮くんを見てるみたい」


 神木さんは、状況を説明してくれた。


 「北山さんのご主人は、傷害で現行犯逮捕されて、現在も勾留されています」


 「離婚に影響は?」


 「離婚については、今回の傷害事件単体でも十分な離婚事由にあたります。問題なく成立するでしょう。結果的には、不貞の証拠を出して、嫌な思いをしながらダラダラと裁判をする必要がなくなった訳です。山﨑さん。グッドジョブですね」


 「そうですか」


 「それで、これからの方針について、ご相談なのですが」


 「はい」


 「ご主人の処罰と、カレンさんの財産分与や慰謝料。どちらを優先なさいますか?」


 「どういうことですか?」


 「今回の件、山﨑さんは運が悪ければ死んでいた。動機も身勝手で態様も悪質だ。つまり、あなたが示談に応じなければ、ご主人は、まず間違いなく実刑です。ただ、山﨑さんが示談を受け入れて、処罰を望まなければ、不起訴になる可能性はあります。これを交渉材料とすれば、離婚にあたり、かなり有利な条件を引き出すことができる」


 「合法的な恐喝ですね(笑)」


 「否定はしません。ご主人の資産状況からしても、慰謝料や財産分与について、破格の金額で一括請求が可能だと思います。そうすれば、北山さんも今後、ご主人と繋がりを持たずに済みます。いかがいたしますか?」


 「もちろん。カレン優先で。示談の条件や手続きは、先生にお任せします」


 俺はカレンの方を見てイイネの指をした。

 カレンは、なぜか頬を膨らませている。


 「わたしのことなんかより、郁人は自分の心配をしてほしい……」


 その後は、担当医が怪我について説明してくれた。


 どうやら俺は、頸椎から後頭部のあたりを蹴られて、脳挫傷になったらしい。幸い、後遺症や脳出血等はなかったが、運が悪ければ死んでいたかも知れないということだった。


 そっか。

 だから、夢に両親がでてきたのかな。


 ところで、さっきから気になっていた事がある。

 

 「おれのズボンはどこ?」


 カレンの方を向くと、カレンは目を逸らした。

 りんごの方を向くと、りんごも目を逸らした。

 神木先生も、さくらも。


 みんなが視線を逸らす。

 俺はイヤな予感がした。


 まさか……。



 その時、コトハが口を開いた。



 「いっきゅん。たとえお漏らししても、アタシのヒーローには変わらないっす。おっきい方が出なかっただけマシっす」

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