第80話 我が家。
玄関ドアの前に立って、インターフォンを鳴らす。すると、パタパタパタと音がして、ドアが開いた。
「はぁい。いくとさんだ!」
りんごだ。
すぐ後ろには、つむぎもいる。
りんごはエプロンをしている。何か作ってくれていたのかな。つむぎは……とんがり帽子に眼帯をしている。
こいつの部屋着は、一体全体どうなってるんだ? ってか、家事を手伝っている様子が全くないんだが。
……ま、いいか。
すると、後を追ってコトハとサクラと綾乃も来てくれた。
「おかえりなさーい」
やっぱ、家が賑やかなのは、いいなあ。
今更だが、家を戸建てにしておいて本当に良かった。
マンションだったら、ぜったい苦情がきてたと思う。
りんごは満面の笑みで、カレンにお辞儀をした。
「カレンさん。いらっしゃいませ。お会いできて嬉しいです」
カレンが俺の横腹をつついた。
「いい子だねぇ。第二の愛娘? まさか、手を出していないだろうね? イクトくん」
「まだ出してない」
「ふぅん。でも、好きなんでしょ? 目つきを見れば分かるよ。 こんな若い子に勝てるかなぁ。やっぱり、身体の相性で攻めるか……」
カレンはブツブツ言っている。
テクなら、貴女がダントツなので大丈夫ですよ。
リビングに座ると、りんごが鍋をもってきてくれた。今日はチゲ鍋らしい。色とりどり……っていうか、キムチ色に染まった鍋にムツや小さいカニなどの魚介類が入っている。
やはり、寒い日には鍋が一番だな。
これだけ賑やかだと、小さな宴会みたいだ。
皆で乾杯すると、サクラが口を開いた。
「あ、そうだ。りんごちゃん。転校の手続きは順調だよ。さっき学校に寄って確認してきたの。年明けからは、つむぎちゃんと同じ学校だね」
りんごの転校の件では、サクラに色々と助けてもらった。おかげで、りんごも不安なく転校できそうだ。3年生になったら、18歳か。
あれ。
そろそろ成人式か?
「成人式って18でするんだよな?」
サクラが答えた。
「ほとんどの自治体では、従来通りの20歳だよ。高3で成人式とか大変でしょ? 受験もあるし」
たしかに。
すると、コトハが首を傾げた。
「え。じゃあ、何のために18にしたっすか?」
成人式も20歳。
酒もタバコも20歳。
自己決定権の尊重とか聞いたことあるけど。
1人で借金はできてしまうのに、酒もタバコもダメとか。なにそのバラバラ感。
本人にとっては、酒やタバコなんかより借金の方が、よっぽど助けてほしい大問題だと思うが。
相変わらず、この国は折衷案が大好きすぎて、意味がわからん。
あ、でも。
AVには18から出れるようになったか。
男同士の飲み会ならAV促進説をイチオシしたいところだけど。おじさんとしては、知性をアピールするチャンスだ。
それらしいことを言わねば。
「高齢者が与党を決めるシルバー民主主義が問題になっててさ。それから脱却するためだよ」
ふっ。
決まったぜ。
すると、コトハはさらに首を傾げた。
「え。でも。政策をきめる与党って高齢者が支持してるんでしょ? よくそんな法案通ったっすね」
たしかに。
なんだかオレつえーの雲行きが怪しくなってきたぞ。
コトハは、俺と目が合うとニヤリとした。こいつ、俺にトドメをさしにくる気だ。普段はドエムのくせに、たまにエスだよなぁ。
コトハは続けた。
「ね。いっきゅん。政権を維持したいなら、若年者の意見なんてどうでもよくないっすか? むしろ、じーさんの言う事を聞いとけば安泰っす。だから、わかんないっす。教えてっす」
「そ、それは……」
くそ。
そんなのしらねーっていうの。
聞きかじったことで、知ったかぶりなんてしなければ良かった。俺は石ころのように沈黙を決め込まなかった自分を責めた。
一時の優越感のために、とんだ赤っ恥だ。
俺が額の汗を拭ってスマホで調べていると、つむぎが口を開いた。
「憲法を改正するための布石と言われておるのぅ。憲法改正の国民投票が18歳からなのに、選挙が20歳じゃバランス悪いじゃろ? それに、改憲については、9条の問題と切り離せないからな。戦争に嫌悪感の少ない若年層を取り込んだ方が成立しやすいとでも思ったのじゃろうよ」
「おーっ」
みんな感嘆の声を上げた。
中学生に助け舟を出されるオジサン。
悲しい。
今の俺は、世界一孤独だと思う。
すると、サクラが俺にウィンクした。
なんだろう。
サクラは言った。
「郁人。来年になったら、りんごちゃんの成人式のことも考えないと。18歳で成人式だったら大変だったね。男の人は知らないかもだけれど、女の子は、一年以上前から準備するんだよ?」
そうなの?
18だったらヤバかった。
九条の娘だ。
ちゃんとお祝いせねば。
あれ。
そういえば。
「コトハ、来年20歳だよな?」
「そうっすね。あ、でも、アタシ、行く気ないから大丈夫っす。着物似合わないし」
うそだ。
あなた、仲居してたでしょ?
むしろ、たぶん。
この中で一番、着物が似合うのは、アナタですよ。
俺に遠慮してるのかな。
「ダメだよ。ちゃんとお祝いしないと。来月にでも、借りる着物を選びにいこう。欲しかったら、買ってもいいし」
「いや、ほんとにいらないっす。それに、これ以上、迷惑は……」
「ダメ。ちゃんとお祝いしなさい。俺に恥かかせるのか?」
コトハは何故か恥ずかしそうな顔をした。
「あの。もっと、命令っぽく言ってほしいっす」
コトハはなんだかモジモジしている。
頬も赤くしているが、きっと、お酒のせいだよね? まさか、性的興奮じゃないよね?
うん。
そうに違いない。
コホン。
俺は咳払いした。
「コトハ。成人式には着物を着ろ!!」
「はい……。言われた通りにするぅ……」
コトハは、トロンとした目つきになった。
ってか、こいつ、微妙に面倒臭いな。
それに、コトハを除く全員から白い目で見られている。視線が痛い。
それからは、りんごとコトハに着物の好みを聞いたりして、ワイワイと楽しい夜を過ごした。
いつの間にかコトハが隣にいて、耳打ちしてきた。
「本当は嬉しいっす。いっきゅんのこと、もっと好きになっちゃったら、きっと、セカンドじゃ我慢できなくなっちゃう。あ、でも、その辛さが余計に興奮するかもっす」
俺は、コトハのツインテールをグシャグシャにしてやった。
そのまま寝てしまったらしく、目を開けると次の日になっていた。いつのまにか、俺1人になってるし。
さて。
今日は、カレンが旦那に会いにいく日だ。
カレンの旦那。コワモテだし。
おれ、殴られるのかな……。