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第8話 おじさん彼女代行を利用する。

 

 「えっ……」


 俺たちは同時に声を出した。

 その女性は、瑠璃と一緒にいた女の子だった。たしか、綾乃って言ったっけ。


 綾乃は目を見開き、一瞬、動きを止めた。


 「ふぅ」


 小さくため息をつくと、台本を読むように演技がかった明るい声を出した。


 「はじめまして。わたし、アヤっていいます。本日はよろしくお願いします。呼び方は、郁人さんでいいかな? 今日は楽しもうね!」


 「いや、だって。君は。あの時の……」


 綾乃は、俺の話なんて聞いてない様子で話を進める。


 「わたし。ドライブ楽しみにしてたんだ! 早く車にいこっ。どっち?」


 俺は綾乃に手を引かれて、自分の車に向かった。車に乗っても綾乃は、同じテンションで話し続ける。


 いくらなんでも、このまま別人設定で数時間過ごすのには無理があるだろう。瑠璃のことも気になるし。


 「いや、きみ、綾乃さんだよね?」


 すると、綾乃は深くため息をついて、声のトーンを2つほど下げた。


 「あの。こういうのでプライベート詮索するのルール違反なんですけど?」


 「ごめん」


 「まぁ。いいわ。貴方なにしてんの? こんなの使って。瑠衣が可哀想じゃん」


 「いや、俺もビックリで」


 ん?

 もしかして、瑠璃もこういうバイトしてたりするのか?


 「あのさ。もしかして、瑠璃……瑠衣もこのバイトしてたりするの?」


 綾乃は眉間に皺を寄せて、不機嫌そうな顔をする。


 「そんなことある訳ないでしょ。あの子、彼氏いたこともないよ。それより、ここから出ない? いちお、仕事だから。予定のコース行ってもらわないと困るんですけれど」


 すごくトゲがある。

 突っかかってくるような口調だ。


 「あ、ごめん」


 俺は車を出した。


 こうしてみると、綾乃もかなりの美形だ。鼻筋が通っていて、横顔が映える。身長は瑠璃より少し大きいくらいで、白と黒のワンピースを着ている。スタイルもいい。


 髪や瞳の色が瑠璃よりも落ち着いていることもあるのかもしれないが、瑠璃が可愛い系なら、綾乃は美人系だろう。


 きっと、シークレットで、これだけ綺麗な子が来たら当たりなのだと思う。まぁ、俺にとっては最悪の相手だが。


 それからは、海沿いを走り、綾乃の希望で水族館にいった。すると、綾乃は、色鮮やかな魚を見て子供のような笑顔になった。


 彼女代行って、もっとわざとらしい感じかと思ってたんだけど、イメージと違うんだな。ほんと、普通に楽しんでくれているように見える。


 今時の女子大生って、みんな、こんななんかね。


 綾乃は、こっちをチラッと見ると、口を開いた。


 「んで。瑠衣のことどうするの? 若い子と遊びたいだけなら、指名してもらえれば、わたしが相手してあげるよ」


 いや。そういうことでもないんだけどな。

 ってか、さりげなく営業かけられてる?


 綾乃は、お目当ての水槽に満足したらしく、後ろを向きながら歩いている。


 「そういうことじゃなくて……ってか、そっちあぶないよ」


 「だいじょ……きゃっ!」


 綾乃は後ろに階段があることに気づかず、足を踏み外した。背中から階段に落ちかける。


 俺は咄嗟に駆け寄り、左手で前に差し出された綾乃の右手を掴み、右腕で綾乃の背中を抱きよせた。


 「よかった。危なかった」


 って、気づけば、社交ダンスの決めポーズのようになってるし。綾乃と目があった。綾乃は目を見開くと、一瞬遅れて視線を逸らし、頬を赤くした。


 「あの、もう大丈夫……です」


 そういうと、綾乃は身体を離した。


 俺は注意事項を思い出した。

 たしか、過度のキャストへの接触は禁止って書いてあった。違反があった場合には、即時、サービスの終了になるとも……。

 

 「ごめん、触っちゃいけなかったね。違反しちゃったし、もう帰る?」


 すると、綾乃は咳払いした。


 「……いや、大丈夫です。デートの続きしよ」


 気のせいかもしれないが、それからの綾乃はややソフトになった。


 あらかじめ見繕っておいたイタリアンにいき、食事をする。すると、綾乃はカシスオレンジを頼んだ。その後も、どんどんお酒を飲んでいる。


 綾乃はほろ酔いらしく、にこにこしている。


 「ごめん、こんなに頼んじゃって、お会計高くなっちゃうね」


 「いや、それは別にいいんだけどさ。お酒飲んじゃっていいの?」


 「ん? わたし20歳だし大丈夫」


 「いや、そういうことじゃなくて。サービスの一環にしても、そんなに飲んで大丈夫かなって」


 綾乃は、やや定まっていない視線で俺の右側の空間をみている。


 「ん、他のお客さんなら、付き合い程度にしか飲まないよ。でも、なんか今日は飲みたくて。それに、瑠衣が郁人さんは無理に連れ込んだりしない紳士っていってたし?」


 綾乃は上目遣いで、にーっと口角を上げて俺を見上げた。自然に目が合う。


 こうしてみると、やはり可愛いな。

 いつもこんな感じで、他のお客さんとか勘違いしないのかな。


 「彼女代行で、お客さんに言い寄られたりしないの?」


 すると、綾乃はぷーっと頬を膨らませた。


 「郁人さん。仕事のお客さんを好きになったりする?」


 俺は首を横に振った。

 綾乃はそれを見て、安心したように話しを続けた。


 「それと同じ。お客さんはお客さん」


 なるほど。たしかに、それはそうだ。


 「納得。じゃあ、俺はお客さんにカテゴライズされたのね。残念」


 「いや、別にそういう意味じゃ」


 と、俺は時計を見た。

 そろそろ店を出る時間だ。


 「そろそろ、いこっか」


 「ちょ、わたしまだ飲んでる……」


 「だって。22時以降の延長はできないって規約にあったよ」


 「細かいことはいいの。わたしが飲みたいんだから付き合ってよ。ちょっと待って」


 綾乃はスマホを操作する。

 すると、俺のスマホに「ご利用ありがとうございました」という通知がきた。


 あ、クレジットの引き落とし通知もきた。女の子側がサービス完了の操作をすると、延長の有無を判断して引き落とすのか。サービスにプランと齟齬がある場合には、ユーザーから支払い保留の異議も申し立てられるらしい。


 女の子のピンハネも防止できるし、クレジットを登録させることで、ある程度の牽制にもなるだろう。ほんと、よくできてるシステムだな。それに決済処理もスムーズで早い。


 むしろ、次回はこのサイト作ったエンジニアとデート(面会)したいくらいだ。


 俺がそんなことを考えていると、綾乃はニッと笑った。


 「ここからは、自由時間。だから、もうちょっと付き合ってよ」

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