第79話 黄昏の海岸。
俺がカレンに見惚れていると、カレンがいった。
「ねぇ。いくと。……聞いてる?」
「あぁ。歌恋が綺麗で見惚れてた」
「って、ごまかすんだから。もうっ」
カレンは頬を膨らませた。
結婚か。
先に失敗してる俺に聞くのも、人選ミスだとは思うが。
「恋愛って目に見えないよな? どんなに好きでも、明日はどうなるか分からない。この恋は絶対とかいって、翌週には別れてるカップルなんて、五万といるだろ?」
「それはそうだろうけど……」
「年齢が上がってくると、そういう現実を肌で感じるじゃん?」
「まぁね。何度も失敗すればね」
「結婚の婚って象形文字で、女に昏の組合せだろ? 昔は女性が夜に嫁入りしていたことを表しているらしいんだ」
なんか俺ってば恥ずかしいこと言ってるような。だけれど、黄昏の雰囲気に背中を押されて、自然に続けていた。
「でも、なんで夜なんだろうって。それは、きっと、朝から、親族にお互いを紹介したり挨拶したりして。その後に来るからなんだよ。俺はさ、結婚って、恋っていう脆くて目に見えないものを、目に見える確かなものにしたいって願った先人たちの成果なんじゃないかと思う」
「でも、わたし失敗しちゃったよ」
俺は自分の口角が上がっていることを感じた。
「俺もな。でもさ、こうして立ち止まって、何度も考えることになるだろ?」
「ねぇ。わたしたち、タイミングとか違ったら、今頃、子供もいたりして。夫婦だったのかな?」
俺の口角は、さらに上がった。
「さぁね。続きは、お互い独身になってから考えようぜ」
カレンは微笑んだ。
そして、再び茜色に染まる空をみつめる。
「そうだねっ」
手を繋いで階段を降りた。
カレンは俺の手を引っ張ると、耳元で囁いた。
「わたし、貴方のこと、好きだよ。こういうのを、愛してるって言うんだと思う」
これって告白なのだろうか。
「その返事って、いま必要か?」
カレンは小走りになると、俺の方を振り返って言った。
「ううん。言いたかっただけだから。答えなくていい。黄昏のなか、美女に告白されるなんて、幸せ者だねぇ。ね。郁人は、恋は不確かだって言ってたけれど、いま、わたしは茜色の空の下を君と歩いている。……この瞬間は永遠だよ?」
「そうだな。こんなおじさんには勿体無いよ」
——俺も同じだよ。
そう思いながら、美女の告白の余韻を味わった。それは、黒糖の飴玉のようにコロコロと舌の上で転がすと、口の中がフワッと甘くなって、でも、ちょっとだけ苦くて。
ずっと舐めていたくなる味だった。
さて。
我が家に戻ろうか。
すると、カレンが遠くに光るお城……もとい、ラブホテルを指差した。
「寄り道していかない?」
あぁ。
こんなこと、前にもあったな。
「いかない」
ただ、断った理由は前とは違う。
そんなことをしなくても、カレンの愛情を感じているし、何よりも、おじさんには、精力が残ってない。
だって、数時間前に、2人の相手したのよ?
普通に無理でしょ。
それにしても。
前に湘南に来た時は、瑠衣が目の前で転んで。
ドキドキして。なにかが変わっていくのかなって気がしたけれど。
1年も経たないのに、状況って変わるもんだ。
そう思うと、なんだか可笑しくなってしまった。
「郁人、何笑ってるのー?」
カレンがこっちをみて不満そうにしている。
俺は彼女の手を握ると、家に向かって車を走らせた。