第75話 ぎりぎり
「わたしが行く」
そういうと、サクラが車から飛び出した。
ちょっと心配だったが、俺もそれがベストだと思った。
さくらは、旦那に笑顔で話しかける。何を話しているか分からないが、スタイル抜群の美人に話しかけられて、イヤな気はしないだろう。
案の定、旦那も目尻を下げてデレデレしているようだ。サクラは旦那と話しながらエントランスと反対方向に歩き始めようとする。
演技だとはわかっていたが、他の男と楽しそうに話すサクラを見て、俺は少し嫉妬した。
すると、ちょうど、大きな荷物を持ったカレンが出てきた。タイミングが悪い。あれでは、見つかったら、言い逃れできない。
サクラはカレンの方を一瞥した。
次の瞬間、旦那にもたれかかるようにして、ヒールを片方脱いだ。旦那は、支えるようにして、サクラの両肩をもっている。
その間に、カレンが車に乗り込む。
すぐにサクラも追いかけてきたので、そのまま車を出した。
カレンはサクラに頭を下げた。
「サクラさん。ありがとう。イヤな役回りをさせてしまってごめんなさい」
サクラは、何でもないというように、小さく手を振った。
「んで、荷物は持ち出せた?」
「はい」
「んで、これからどうするの?」
そう。その問題があった。
弁護士費用のこともある。かれんに、ずっとホテルにいる余裕はないはずだ。ウチとも思ったが、コトハもいるし、さすがにこれ以上は厳しい。
サクラはため息をついた。
「ウチにきなよ。一部屋しかないけど、しばらく居ていいから」
サクラ。
やっぱ、いいなあ。
カレンは、うつむいた。
「でも……。わたし、あなたの好きな人と……」
「タダとはいわないよ。郁人がこれ以上、女を作らないように協力すること!」
「はい。それはむしろ、わたしも望む所です! でも、その、郁人さんと別れなくても?」
「あなた、いま、郁人のこと必要でしょ? 好きなんでしょ?」
「はい……」
「じゃあ、わたしと同じ。でも、いまは休戦。離婚のこと落ち着いたら、負けないから」
「ありがとうございます」
助手席のサクラがこっちを向いてウィンクした。
「郁人。ってことだから、次の3Pはしばらくお預けねっ」
カレンは目をまん丸にした。
「さ、さ、さん……。それに次のって……」
それから、気まずくなって車内が静かになった。
でも、離婚って意味でも、ホテルにいるよりもいいかも知れない。調停委員からしても、女友達の家に泊まってれば、不貞も疑われにくいだろうし、経済的に余裕がないとの印象を受けるだろう。
カレンは、時々、ボソボソと呟いている。何かを悩んでいるようだ。それはそうだよな。1日のうちに、こんなに様々なことが起きたのだ。
車が大分進んだ頃、かれんが口を開いた。
「郁人さん。複数でしたり、そういうの好きだったら、わたしも頑張る。わたしも皆んなで……できるように、がんばるから。女の子同士はきついかもだけど、見られるくらいなら。きっと、慣れちゃえば平気」
いやいや。
そこは頑張らんでいいから。
「カレンは、まずは調停を頑張ろうな」
カレンは顔を赤くして笑った。
ってか、カレンはそんなことで悩んでいたのか。でも、案外、余裕ありそうでよかった。
その様子を聞いていたサクラは、少し気まずそうに話し出した。
「それと、その。人の家のこと、あまり言いたくないけど。アナタのご主人。浮気癖ありそうだよ。さっき、話しかけた時、わたしを口説いてきた。ほんとに男ってば、どいつもこいつも……」
カレンの表情が曇った。
サクラは、俺を半眼でみた。
針のむしろっていうのは、こういうことを言うのだろう。つか、なんでカレンの旦那のせいで俺が責められないといけないんだ。
あーあ。
早く、この場を離脱したい。
「サクラ、でも、お前みたいな良い女に言い寄られて、断れる男はいないって」
サクラはニッコリとした。
「ふーん。まぁ、素直に受け取っておいてあげる。それと、ほんと、カレンさんで最後だからね」
俺は、もとよりそのつもりだ。
精神的にも、精力的にも、そろそろ限界。
それからは、電話で神木さんに報告した。すると、調停の日程が決まったら教えてくれるとのことだった。サクラの家まで送って、その日は解散になった。
1人で運転して30分程の道のりを帰る。
これ以上、女の子を増やすなって言われたけど、りんご、綾乃、コトハ、サクラ、歌恋。これだけいれば十分だろう。他に、関係をもちそうな相手はいない。
……あっ。
やばい。瑠衣を忘れてた。
いまからでも、メンバー増員の申請できるかな……。
せっかくのモテ期なのだ。
新しく女の子を増やすつもりはないが、いま、手持ちのチャンスは逃したくない。
瑠衣も可愛いしな。
むしろ、少し興味がある。
そして、おれはある問題に気づいた。
そろそろ、車に乗り切れなくなるぞ。
車、ワンボックスに替えようかな。