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第73話 時を超えて。


 それから数日後、俺は、サクラとカレンと、とある弁護士事務所にいた。あの後、さくらに相談したところ、ここを紹介されたのだ。


 さくらと旧知の弁護士さんで、なんでも司法試験を、その年の最年少で合格者した優秀な人とのことだった。


 さくらは、他の女の心配をしている俺に不満そうだったが、最後には「わたしを頼りにしてくれて嬉しい」と言ってくれた。


 うん。おれは、さくらを信頼している。


 歌恋とサクラの初対面は、軽くトラウマなので、忘れることにした。EDになったら困るし。


 同年代だから、ワンチャン、フレンド化もいけるかと思ったが、まったくいけなかった。歳が近いから余計にダメなのか?



 弁護士さんは、いま席を外しているらしい。応接室へスタッフの女性が案内してくれた。

 

 色白で黒髪の美しい女性。30代後半だと思うが、背筋がピンとしていて若く見える。凛とした雰囲気で相当な美人だ。


 お茶を出してくれた。

 すると、薬指のリングと、とんぼ玉のブレスレットが目に入った。とんぼ玉って、久しぶりに見たかも。


 痛っ。

 サクラに足を踏まれた。


 「めっ」


 さくらはそう言うと、俺を睨んだ。

 惚けた顔をしていたらしい。


 ……俺にとっては、頬を膨らませる君の方が可愛いよ。



 スタッフさんの名札をみると「神木」と書いてある。ここの事務所の名前と同じだ。


 弁護士さんの奥さんかな。


 それから5分程して、弁護士さんが出てきた。

 年齢は、さっきのスタッフさんと同じくらいだろうか。エリートということで身構えてしまったが、そのへんのお兄ちゃんのような、気さくな雰囲気の人だった。


 「わたしは、弁護士の神木と申します。サクラちゃん。君の紹介なんだって? ありがとう。あの時の女の子が、いまは立派な教師か。うん。僕も嬉しいよ」


 さくらと神木先生は、例の遭難事件で知り合いになったらしい。サクラが恩師の裁判を傍聴していると、心配して何度も話しかけてきてくれたそうだ。その後は、進路等の相談にものってくれて、辛い時に支えてくれた恩人とのことだった。


 弁護士さんのことを好きにならなかったのかな、と少し嫉妬してしまったが、「先生は奥さんにゾッコンだから。ないない」とのことだった。


 まぁ、たしかに。

 さっき、奥さんをみて納得した。


 2人はどんな馴れ初めなんだろう。

 機会があったら聞いてみたい。



 サクラは挨拶をすると、カレンに気を遣って別室で待機してくれることになった。


 先生は話を続けた。


 「今回は、離婚をしたいということで宜しいですか? 調停にしても裁判にしても、条件の交渉等の苦痛もありますし、離婚には不利益が伴います。まずは、関係の修復をお勧めしますが、難しいですか?」


 かれんは首を横に振った。


 「はい。もう、あの人の顔を見るのも怖くて。殴られたり。その……、乱暴されたり。もう嫌なんです。離婚したいです」


 「そうですか。暴力は絶対に許されない。わかりました。北山さんのこと、全力でお手伝いします。つらいと思いますが、まずは証拠の確保を……」


 旦那とのやり取りの詳細な日記、ケガの写真、性的暴行をうけた記録、医師の診断書、暴言を吐かれている音声、旦那の不倫相手とのやり取りのスクリーンショット。旦那の銀行口座の写し。分与の対象となり得る資産状況の一覧。警察に相談させ、その際の記録。



 それらは既に揃えさせてある。

 かれんは答えた。


 「先生。それらは、既にあります。ここにいる山﨑さんのアドバイスで」


 集めた証拠を先生に渡した。

 先生は、ざっと目を通すと、俺とカレンを交互に見た。

 

 「北山さん。すごいです。これだけ揃っていることは少ない。これなら、危険をおかしてまで家に居る必要はないかな。すぐに調停の申し立てをしましょう。山﨑さんは法律の知識が?」


 「法務にいたことがありますし、その系の大学だったので、多少は」


 ほんとは、自分の離婚のために勉強したんだけどね。


 最近の愛読書は、『あなたに原因があっても、被害者面で別れる秘訣。vol.1』だしな。


 神木さんは続ける。


 「なるほど……。頼れるご友人がいて良かったですね。それと、山崎さん。くれぐれも不貞行為には気をつけてくださいね。調停でも裁判でも、相手に言い分を与えてしまう。大きな不利益になりますので」


 「はい」


 「過去を取り消せとは言いませんが、少なくとも、離婚が成立するまでは控えてください。それと、北山さん。すぐに家を出れますか?」


 なんでバレてるんだ。

 この弁護士先生、ちょっと怖い。


 「はい、いまは旦那は仕事ですので、荷物を纏めれば」


 「それはよかった。では、早々にでも。DVのケースでは、離婚の動きが相手にバレたときがもっとも危険です。支配型の男性は、離婚の意思を暴力で挫かせようとするケースが多い。退去は、今日中にお願いします」


 先生は俺とカレンを見渡し、続けた。


 「それと恐らく、ご主人から2人で会いたいという旨の連絡が何回もくると思います。ですが、今後はご主人とは2人きりでは会わないでください。弁護士を通すか、会わざるを得ないなら、必ず、誰か、できれば男性に立ち会ってもらうこと。山﨑さんでもいいですし、都合がつけば、わたしでも構いません」


 神木さんはこちらを向いた。


 「それと、山﨑さん。あなたには頼みたいことがあります。もし、立ち会いの際に、暴力を振るわれそうになったら、大人しく殴られてください。派手に階段を転げ落ちれれば、なお結構」


 「先生、それ死んじゃいます」


 「プリン男はシね、……こほん。もとい、相手が殴ってきたのならボーナスステージ到来です。その場合には、ちゃんと診断書をとって、入院が可能なら、できるだけ長く入院してください」


 あれ。なんか先生の奥さんがむくれているぞ。

 何か先生に耳打ちしている。


 なんだろう。



 まぁ、相手の短絡的な暴力が、こちらの交渉材料として有利というのは理解できるが、なんかアコギだな。それだけ、やり手ということか。


 「それと、北山さん。調停が不成立の場合、場合によっては、傷害や不同意性交で刑事上、民事上の裁判になるかもしれない。覚悟はありますか?」


  挿絵(By みてみん)




 

 





イラストは凛さんです。

2025/03 追加

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