第70話 おじさん、人妻につかまる。
今日は冷える。
もう、いつ雪が降ってもおかしくないと思う。
俺がコートの襟を立てて、会社の入口をでると、歌恋が待っていた。彼女は、山口のドタキャンがきっかけで仲良くなった会社の元後輩(人妻)だ。
まぁ、このシチュエーションは、そんなに珍しい事ではなく、実は隔月くらいで、歌恋に待ち伏せされている。
きっと、2ヶ月くらいで旦那へのストレスがチャージされるのだろう。世間話や愚痴を聞くだけだし、大人の女性の意見も聞けるので、それなりに有益だ。
元々気に入っていた子だし、顔も身体も好みなのだが、異性としては、それほど興味がない。というか、あの三人娘とサクラ、コトハで、キャパオーバーなんだろうと思う。
居酒屋に向かって歩きながら思う。
人妻というと、あっちが上手そうなイメージはあるが、コトハもさくらも相当うまいからな。あえて、危険を冒す必要もないだろう。
俺がそんなこと考えていると、歌恋が腕を組んできた。
明るめのブラウンに、外ハネ気味の髪の毛が、よく似合っている。そんな歌恋は俺の顔を覗き込んだ。
「他の子のこと考えてるでしょ?」
いや、貴女に興味がないって考えてたんだけどね。正直に言ったら暴れそうだ。なので、それらしいことをいう。おじさんは、無用なトラブルを好まない。
白黒つけて揉めるくらいなら、ずっとグレーでいいと思う。
居酒屋に入って乾杯をする。可愛い後輩を連れて行くのだ。いつも安居酒屋では申し訳ない。だから、今日は、個室があって少しだけ雰囲気の良い店にした。
歌恋がオーダーする。
「ビールの大ジョッキ2つ!」
いやぁ、やる気満々ですね。雰囲気とか不要だったみたい。すぐには解散にならなそうだと思い
、俺は、りんごにメールした。
「わるい。帰りに後輩に捕まってさ。ちょっと遅くなります」
う、嘘はついていないぞ?
性別は言っていないが、俺は性別で区別しない男なのだ。男女平等。
すると、すぐに返信がきた。
「分かりました。他の女性の匂いをつけて帰ってきたらイヤですよ? わたし泣いちゃうかも」
うーん。かわいい。
可能なら、りんごの匂いをつけに、いますぐ飛んで帰りたいです!
すると、何故かコトハからもメッセージがきた。りんごに聞いたのかな。
「他の女としたら、ちゃんと教えるっす。そんなご褒美を隠しちゃダメっす。あたし、今夜は嫉妬しながら楽しみたいの。でも、帰り道、気をつけて。いっきゅんに何かあったら、あたし、たぶん生きていけない。ほんとだよ?」
うーん。
歪んではいるが愛されてはいるらしい。
サクラと一緒にしてから、変態さに拍車がかかってしまった気がする。いい子なんだけどね。
おれは正面を向いた。
さて。今日は何の話なんだろうか。
歌恋は話し始める。
「あのね……、単刀直入にいうとね」
「うん」
俺は固唾を飲んだ。
「今日は、安全日なの」
「……それで?」
かれんは頬を膨らませた。
「わかってるくせに。……いじわる」
「わからないし。分かりたくもないので、他に用事ないなら帰っていいか?」
俺がテーブルを立とうとすると、かれんに手首を掴まれた。
「冗談だから。かえらないでー」
それから暫くは、世間話や部長の悪口などで盛り上がった。それにしても本題は何なのだろう。昔の歌恋は口数が少なかったが、今は俺に心を開いてくれているらしく、たくさん話す。
それなのに切り出してこない。なんでだろう。そんなに言いづらい事なのだろうか。
「……なに? そんなに言いづらいことなの?」
すると、歌恋は黙ってしまった。
歌恋はジャケットを脱ぐと、シャツのボタンを外し出した。
全裸になるつもりか?
「おい。ちょっと。個室でもマズイよ」
俺がそういうと、歌恋はボタンを外す手を止めた。そして、ぐいっと胸元をあける。
そこには、無数の紫のアザがあった。
かれんは、身を庇うように腕を組むと、涙をポロポロ流して、俺に訴えかけるように言った。
「ごめん。郁人くん、わたしを助けて」