第68話 サクラとデート。
イラスト追加しました 2025/03
昼くらいまでうたた寝してしまい、そのあとはサクラに水着ショーをしてもらった。
サクラはスタイルがいい。
だから、すごく良かった。
自分だけのモデルっていいなあ。
そういえば、この子、界隈ではそれなりなレイヤーなんだっけ。俺だけのために水着を着てくれるのって、すごく贅沢なことなのかも知らない。
さくらが料理をしてくれたので、一緒に食事をした。なんだか、いいなあと思った。
ずっと、こうしていられると良いのだけれど。
午後は、さくらの希望を聞くことにした。
ドライブに行きたいと言うので、アクアラインを通って、房総半島を目指す。
よく考えたら、さくらとドライブに来たことってあったかな。もしかすると、初めてかもしれない。
すると、さくらが手を握ってきた。
「郁人。わたし、楽しい。2人きり」
それからは、特に会話をするでもなく、外房の海岸線を走った。たまに助手席を見てみると、さくらは景色に一喜一憂している。
普通の女の子。
きっと、これは素のさくら。
さくらは大人っぽい印象だけれど、いつも頑張ってるんだろうな。
自分も年齢が年齢だから分かるのだが、人間って、歳を重ねても、若いときに考えていたほど成長しない。しっかりしてるように見えても、それは、しっかりすべき立場になってしまっただけなのだ。
立場が人を育てるというけれど。
実際には、人は、立場に適応せざるを得ないだけなのだと思う。
きっと、さくらも、毎日、必死に背伸びをしている。恩師の夢を受け継いで教師になって、親友ともお別れして。
そんな、頑張り屋さんのサクラが愛おしい。
さくらの髪を撫でて言った。
「おれさ、さくらよりずっと年上だから。一緒にいる時は、肩の力を抜いてくれな」
さくらは、にっこりと笑った。
それと、さくらが俺の子供を産みたいと言ってくれたのも嬉しかった。もちろん、子供のいない夫婦を軽視するようなつもりは微塵もない。
でも、出産は命懸けなのだ。
無事に生まれても、陣痛などの激痛に耐えねばならないし、生まれるまでには、帝王切開や妊娠中毒症などのリスクもある。
それなのに、10ヶ月もの間、母親は自分の子を宿し守ってくれるのだ。その過程は、究極の愛情表現の一つだと思う。
だから、俺はすごく嬉しかった。
そんなことを考えていると、さくらが運転席の方まで身を乗り出してきた。キスをされた。
「ちょっと、危ないよ」
「えへへ。どうしてもしたくなっちゃった」
そのあとは、房総の最南端にある岬で、シーフードのバーベキューを食べることにした。港の近くの小さな店だ。
おじいさんが1人でやっている店で、入店すると、トングと、その日にとれた魚介類のトレーを渡してくれた。
「お客さん。はじめて? このトングを使ってたな。自分で焼いて食べてな。どれも焼き上がる直前で食うとプリプリでうめえぞ? くれぐれも、焼きすぎないようにな」
トレーを見ると、ハマグリやサザエ。小さな伊勢海老なんかが入っている。お手頃料金なのに、豪勢だ。
俺が焼いていると、おじいさんがやってきてアドバイスしてくれた。
「生焼けは絶対にダメだぞ? 食中毒になっからな」
素人じゃ、普通に焼き加減とかわからないんですけれど?
よく焼け、でも、焼きすぎるなとか。無理ゲーでしょ。どっちなんだよ!!
サクラは、その様子をみてクスクスしている。とりあえず、自分で焼く気はないらしい。甘えモードのようだった。
「あー、美味しかった。おなかいっぱいになったね」
食べ終えて、店の外に出た。さくらは、そう言いながら、手を繋いでくる。
なんだか今日のサクラは、格別に可愛い。
思ったより丸顔だし、どちらかというと切れ長な目元も、喜怒哀楽でどんどん印象を変える。
大人っぽい顔立ちだと思ってたけれど、意外とカワイイ顔をしてるんだな。
俺は目を細めた。
って。物理的に眩しいぞ。
西陽がきつい。
サクラは、左手で庇を作っている。
日焼けも気になるようなので、港近くのお土産屋に入って、さくらに帽子を選ぶ。
「わたし、これがいい」
赤い麦わら帽子。
「なんかスイートピー的なのを選んだね」
「うん。これがいいの」
そのあとは、遊歩道を散歩した。
西陽がキラキラする海を見ながら、ふたたび手を繋いで歩く。
灯台がある丘の麓までくると、不意に、さくらがタタッと走りだした。100段ほどはあろうかという階段を、さくらは、数えなら駆け上がる。
「98、……99。郁人、99段だったよ」
おれは、その少し後ろをフゥフゥいいながら追いかけた。
すると、突然、強い風が吹き抜け、サクラが麦わら帽子を左手で押さえた。
「あっ。とんじゃう」
風は無情にも、さくらから麦わら帽子を奪い取った。だが運良く、麦わら帽子は、そのままこっちに飛んできて、俺の前で落ちた。
俺は、帽子を拾う。自分の頭にのせると、息切れした身体に鞭を打ち、残りの階段を駆け上がった。
「99、……100。あれっ100段だよ?」
さくらはプーっと頬を膨らませた。
「そんなのことない。……じゃあ、間をとって99.5段ね!」
サクラは鼻のあたりを押さえてクスクスと笑った。
「郁人。その帽子。なかなか似合ってるよ」
「え」
「うふふ。帽子はあげないけどねっ」
——どこかでこの場面を経験したことがある。
俺はデジャヴのような感覚に陥った。
サクラが意図したかは分からない。いや、知るはずがない。
でも、それは。
俺が大好きだったアニメの名シーンによく似ていた。転校してきた主人公の少年が、ヒロインに出会って恋に落ちる冒頭のシーン。
いま更ながら、あの時の主人公の気持ちがわかった気がした。
「さくら」
「ん。なぁに?」
「好きだよ」
サクラは帽子のツバをさげて、顔を隠した。そして、小さな声で言った。
「……知ってる」
そのあとは、灯台の周りを散歩して、夕焼けを一緒に見て、帰路に着いた。
帰りの車の中で、さくらが何かを拾った。
さくらは眉間に皺を寄せる。
「……見慣れない女の毛。この明るい色は、りんごちゃんや綾乃ちゃんとも違う!」
しまった。
車内のチェックをしていなかった。
「それは、昨日、あの後、知人を乗せる用事があって……」
「むっ。女の子だよね? 何歳? したの?」
「りんごの一個上。ごめん。した」
「もう。どうしたら、知り合ったばかりの子とエッチとかなるのさ。あぅ、でも、わたしのときも一緒か……」
「旅館の仲居さん覚えてる? カフェで偶然、会ってさ。それで」
「意味わかんないし。あの可愛い子ね。もう。郁人女の子のこと好きすぎ」
「ごめん」
「わたしとした後にしたってこと? それで。どうなのよ。気持ち良かったの?」
「……すごく良かった」
「わたしとどっちが?」
「え。どっちも。気持ちよさの種類が違うっていうか……」
「郁人。もう、わたし怒ったよ」
「ごめん」
「……許してほしい?」
「うん」
「じゃあ、その子に会わせて」
怖い展開になってしまった。
コトハと2人で詰められるのだろうか。