第67話 さくらからのメール。
まじかぁ……。
そろそろ、おじさんの無双も終わりかな。
とりあえず、メッセージで完結させるような事ではない。会った方がいいか。俺は早起きして、昨日ぶりに、さくらの部屋にいくことにした。
車の中で、イメトレをする。
とりあえず、こう言うときに言ってはいけないワーストワードは「俺の子か?」だ。
部屋に入ると、さくらはちょこんと俺の前に座った。目を腫らしている。珍しくメイクもしてないし、髪の毛もボサボサだ。昨日、寝れなかったのかな。
俺は、無精子といっても、厳密にはゼロではない。つまり、子供ができる可能性もゼロじゃない。
だから、こんなケースも想定はしていた。
その場合の答えも考えてはある。
沈黙が訪れる。
さくらは何も話さない。
不安に押しつぶされそうなのだろうか。
さくら。
いつも部屋で会う時も、俺のためにメイクをしてくれる可愛い子。
それなのに、こんな顔をさせてしまった。
ごめんな。
だから、俺から話すことにした。
「その。なんていうか。俺の子ができて嬉しいよ。ありがとう。すぐには難しいかもだけど、離婚するし。子供が生まれるまでには。ちゃんとするから」
妻とは冷え切っている。
つむぎのことを考えると、現状維持が好ましいと思っていたが、譲歩すれば、離婚は可能だろう。
りんごや綾乃のことは、2人には申し訳ないけれど、なんとか諦めてもらうしかない。まだ2人とも最後までしてないのが救いだ。
もとより、さくらに何の不満もない。
サクラが相手として物足りないから、フラフラしていた訳ではない。俺は、みんなのことが好きで、ただ、きっと最初で最後の無双を満喫したかっただけなのだ。
子供ができて、混乱するような歳でもない。
セックスしているのだ。できることもあるだろう。
……おじさんの余裕?
だから、万が一、子供ができたら、この状態を終わりにするときだと思っていた。迷ってはダメだ。
俺は言葉を続けた。
「不安にさせてゴメンな。ちゃんと、さくらのこと好きだから」
すると、さくらは俺から目を逸らして泣き出した。涙が、溢れるように出ている。
嬉し泣き?
安堵の涙?
でも、様子が少し変だ。
さくらは、ぽつりぽつりと口を開いた。
「……ごめんなさい。嘘なんです。不安で。わたし捨てられちゃうかもって。それで、試すようなことしちゃいました。ごめんなさい」
「子供はできてないってこと?」
「……うん。郁人のこと、どんどん好きになっちゃって。でも、郁人。ちゃんと受け止めてくれてた。絶対、ついちゃいけない嘘って分かってたのに。わたし、自己嫌悪だよ。こんなウザイ女、イヤなっちゃったよね。ごめんなさい」
そっか。
俺は、安堵したような、残念なような気持ちになった。
俺が若かったら怒ったのかな。
『騙された』とか、『こっちは必死に覚悟決めたのに馬鹿にされた』なんて思うのだろうか。
だが、俺はそんな歳ではない。
サクラを追い込んだのは、俺自身だし。
おじさんは知っている。
他のヤツが短気を起こす場面は、むしろ、オトコをあげるチャンスなのだ。
だから、できるだけ優しくすることにした。
そもそも腹をたててもいないし。
「ごめんな、さくら。もし、ほんとに子供できてたら産んでくれたのかな。だったら嬉しいのだけれど。それと、俺といるの辛いか?」
すると、サクラが首を大きく振った。
「そんなことない。郁人のこと好きになりすぎて、ちょっと混乱しちゃっただけ。わたしも皆でいるの好きだよ。わたし、嘘つきなのに優しくしてくれる。郁人のこと、ますます好きになっちゃう」
よし。
これで当面、爆発することはないだろう。
——そいえば、前に会社の後輩が言ってたな。
「先輩。二股は、することよりも維持することの方が難しいんですよ」
「ははっ。維持が大変ってダイエットみたいだな。そんなことばっかりしてて刺されるなよ? クズ君」
「大丈夫です。そういうのとっくの昔に卒業しましたから……」
九頭くんが言ってたことの意味を、いまさらながらに分かった気がした。俺の場合、二股どころの騒ぎではないから、余計に難しそうだ。
違いと言えば、女の子同士が、互いに好意をもっていることくらいか。
「……ねぇ。いくと。聞いてる?」
「ごめんごめん」
「わたしのこと、嫌いになってない?」
「なってないよ」
「ほんとかな。ほんとだったら、エッチして欲しいです……」
なんだか、しおらしいな。
今日のサクラは裸を見られるのが恥ずかしいらしく、すぐ毛布を被ってしまう。なんだか可愛らしい。
「恥ずかしいの? らしくないな」
「わたしだって。好きな人に見られるのは、恥ずかしい時もあるんだよ」
そんなサクラも可愛い。
大人の女性が、飾らない表情を見せてくれている。
そんな特別感に、俺は誇らしい気持ちになるのだった。