第65話 ご主人様は頭があがらない。
※イラストはりんごです
2025/03 修正
ドアの前に立ちインターフォンを鳴らす。
俺は、唾をごくりと飲み込んだ。
すると、数秒おいて中から、「はーい」という、りんごの声がした。
よかった。普通の声だ。
ドアを開けると、玄関に、りんごとつむぎが立っていた。りんごはエプロン姿だ。
……つむぎは、ジト目でニマニマしている。
りんごやつむぎが来てから、家に帰るのが楽しくなった。やはり、待っててくれる人がいるのは、良いものだ。
代償として、時には今回のような気まずさも生じる訳だが……。
りんごは目が合うと、ことはと俺を交互に見て、ニッコリと微笑んだ。
「……おかえりなさい」
右手には金属製のオタマを持っている。
もしかして、あれは凶器か?
ちょっと怖い。
でも、戻る前に大体の事情は連絡しておいた。
だから、大丈夫なハズ。
ことはをリビングに案内すると、俺は、荷物を置くために、一旦、部屋に戻った。
すると、バタパタパタと足音がして、俺がドアを閉める前に、りんごが部屋に入ってきた。
りんごは、壁ドンのように俺を押し付けると、頬をぷーっとする。そして、俺の首筋や脇、股間のあたりをスンスンと嗅いだ。
「……女の子の匂いがする」
りんごは涙目だ。
やばい。このまま泣かれるかも。
りんごは俺を見上げるような体勢で続けた。
「した?」
うーん。
どうしよう。誤魔化すべきか。
俺は頭を搔きながら答えた。
「ごめん。した……」
りんごは頬をさらに膨らませた。
「何回くらい?」
俺は頭だけじゃ足らずに、首筋のあたりも掻いた。
「さくらと4回くらい。ことはと1回……」
すると、りんごは目をまんまるにした。
「ことはちゃんともしたの? ほとんど初対面じゃん。郁人さん、女の子好きすぎっ」
りんごの表情が曇る。
やばいか?
コトハのことは、やっぱり内緒にすべきだったのかも。
りんごは、ため息をつくと俺の胸をトントンと叩いた。
「もう。郁人さん。無理しすぎると死んじゃいますよ……?」
「ごめん」
「ても、嘘つかなかったから、今回だけは許してあげます。でも、もうこれ以上、女の子を増やしたら、わたし多分、家出しちゃいますからね? そして、渋谷とかフラついて補導されたりしちゃうんだから」
ずいぶん、可愛らしい不良像だな。
でも、胸がキュンとした。
やはり、俺は、りんごに恋愛感情が芽生えてしまっているらしい。膨れている顔も愛おしいと感じた。
「……1番は、りんごだから」
「もうっ。他の子にも、同じこと言ってそうなんですけれど?」
……図星だ。
りんごは続けた。
でも、その声は、会話を始めた頃よりも、少しだけ明るくなっている気がした。
「証拠にキスしてください」
りんごは、唇を上に向けた。
俺がキスをすると、舌を入れてきた。
りんごは、しばらく舌で俺を蹂躙すると、顔を離した。
「……はあっ。早くエッチしてくれないと不安になっちゃうよ。今夜してくれる?」
「いや、本心はしたいけど、今、りんごとしちゃうと、最悪、一緒に住めなくなっちゃうかもしれないし」
そもそも、体力的に無理だし。
初回ボーナスは、コトハに使っちゃったし。
それに、相手は未成年だからね。
今でもグレーな気がするのに、真っ黒になってしまう。
すると、りんごはまたニッコリした。
「大切にしてくれてありがとう。カレー温めますね。あと、ことはちゃんの部屋着。わたしのでいいかな?」
そう言うと、りんごは部屋から出て行こうとする。
俺はりんごに追い縋るように手を伸ばす。
そして、声をかけた。
「その……、好きだから」
りんごは、ぱあっと朝陽を浴びた朝顔のように笑った。
「わたしもですよ。大好きですっ」
りんごは軽快な足取りで部屋を出て行った。
そのあとは、シャワーを浴び、食卓を4人で囲んだ。サラダとカレーと。あと、お酒のつまみになりそうな小鉢。
特別、贅沢ではないけれど、手作りって感じがして幸せの味がする。
りんごとつむぎに、ことはの状況を説明すると、うちに来てもらうことにも同意してくれた。
りんごはコトハの手を両手で包み込むように握った。
「ことはちゃん。怖かったね。うちに来てくれていいからね……!」
コトハも嬉しそうだ。
「いっきゅん。りんごちゃん天使っす!!」
すると、りんごとつむぎの視線が俺に集中した。そして、2人で声を揃えて言った。
「……いっきゅんって?」
……いやぁ。本当にごめんよ。
コトハは、さらに畳み掛けてくる。
「それで、いっきゅん。さっきのことはやはり言わない方針っすか? アタシ、天使さまに嘘つけないっす」
やべー。
ほんと、りんごに自白しておいてよかったわ。
コトハはさらに続ける。
「あっ、でも、そうしたら。アタシ、奴隷をクビにされちゃうっすか?」
……。
ほんと、お前。
もう黙れ。口を開くなっ!




