第60話 ことはの悩み事。
念の為、りんごに連絡先を教えて良いか聞くことにした。すると、5分ほどで、りんごから返事が来た。
「返信遅れました。ご飯作ってました。今日は、郁人さんの好きなカレーだよ。連絡先、教えて良いです。でも、なんで? 仲居さんとあったんですか?」
相変わらずの若妻感満載の返信だ。いらぬ疑念を持たれたようだが、とりあえず交換はOKらしい。
教えてもらった住所をナビにいれ、アクセルを踏む。車が動き出すと、ことはは、あたふたとシートベルトをつけた。そして、こちらを見て微笑む。
「アタシ、この車すきかも」
よし!
これでこそ、無限ローンで奮発して買った甲斐があるってもんだ。
愛車のイクト号。
いつものことだが、おじさんの覇業に凄まじく貢献してくれているぞ。
ことはの家は、バイト先から10分ほどだった。
周囲の道には街灯が少なく薄暗い。トンネルもあったりして、正直、女の子が歩くには、かなり物騒だと思った。
もし、りんごがこの道を歩いて帰ってくるとしたら、心配でたまらないと思う。
ことはのご両親も心配なのではないか。
「ちょっと、道が暗くて危なっかしいな。お母さんに心配されたりしない?」
すると、ことはは一瞬、言葉をとめてこちらを見つめてきた。
「あのね。アタシ、親いないんだ。だから、色々言われたらしないから大丈夫〜」
余計なことを聞いてしまった。
ちょっと気まずい。
「おれ、ことはが働いている店、時々つかってるからさ。タイミングが合う時なら送るよ」
相手に不利益のないことは、疑問形ではなく決定事項として伝える。これは、自然かつ強引に口説く……、いや、遠慮させないためのコツだ。
すると、ことはが俺の左手に手を重ねてきた。
「心配してくれるの? 嬉しい。りんごちゃん、こんな優しいパパがいて羨ましいな」
「いや、りんごと同い年くらいの子だし。こんな可愛い子だし。そりゃあ、心配にもなるよ」
赤信号になると、ことはが顔を近づけてきた。
俺の胸の辺りをクンクンとしている。
「おとうの匂いみたいだ。思い出したら、なんか寂しくなっちゃった」
ことはと目が合った。
俺は信号が変わって前を向いたが、ことはの顔が息が届くくらいに近くにあるのが分かる。
——まもなく、目的地に到着します。
ナビの無機的な音声が車内に流れた。
ことはは、続けて何かを言おうとしたが、やめたらしい。ことはは、俺から身体を離した。ぶつけないようにドアを慎重に開けると、こちらに手を振って降りて行った。
「んじゃ、またっすね。送ってくれて、ありがと」
ことはの家は、小さなアパートだった。一人暮らしなのだろう。スチールの外階段を上る彼女の後ろ姿を見送る。
カツンカツンと一段一段踏み込む度に、ことはのカタチの良いヒップがぷるんと揺れる。やはり、良い身体をしてる。
……キス、できそうだったかな。
『さて、帰るか』
俺は車を出そうとした。
すると、ウィンドウが「コンコン」とノックされた。
さっきまでとは違って、オドオドとした様子のことはだった。
「いくとさん、ウチまで一緒にきて。やばい」
え。
どういうこと。
そこまで好かれている感触はなかったが、いきなり部屋に誘われてベッドインになるのだろうか。
ことはのスカートの中身には興味はあるけれど。
さくらに散々搾り取られてるから、ちょっと今日は厳しい。おじさん、1日に何人も相手にできないよ。
……他の日にしてくれないかな。
俺はシフトゲートに覆い被さるように身体を動かし、ことはの顔を見上げた。
「どしたの? お茶でもご馳走してくれるの?」
「お茶でもなんでもいいから。一緒に来て」




