第55話 さくら姫とおじさん。
さくらは、布団の横にちょこんと座っている。
「どうしたの?」
俺が聞くと、さくらは目を潤ませて下唇を噛んだ。
「夜の山に雪が見えて怖いの」
そんなキャラじゃないと思うんだが……。
でも、手先が震えてる。心細いのは本当みたいだ。
今日のさくらは淫魔じゃないらしい。
むしろ、小さな女の子みたいだった。
「おいで」
俺が声をかけると、さくらは猫のように布団に潜り込んできた。俺にピッタリ寄り添っている。そんなさくらを抱き寄せて、髪を撫でた。
すると、さくらは肩をすくめた。
さくらは、俺に抱かれたまま言った。
「ねぇ。いくと。◯◯高校大雪山遭難事件って知ってる?」
おれはその名前に聞き覚えがあった。
たしか、女子高生2人と担任が遭難して、女の子1人だけが生き残ったってやつだ。当時は、魔女狩りみたいなニュースで持ちきりで、生き残った子を批判するような意見すらあった。おれは、テレビで見ながら、気の毒に思った記憶がある。
でも、どうして。
いま、そんな話を?
俺の脳裏に、さくらの言葉が過った。
たしか、親友のお墓が北海道にあるって……。
もしかして……。
さくらは言葉を続けた。
「あのね。わたし。……あのね。自分だけ助かって、友達を助けられなかった」
「……」
何て声をかけていいか分からなかった。
「わたしが、偽物の岩を目印と勘違いしたから。わたしのせいなんだ」
さくらは、自己否定している。
きっと、罪悪感に押しつぶされそうなのだろう。
だから、おれがかけるべき言葉はこうだ。
「そうか。でも、偽物の岩のこと知らなかったんだろ?」
「うん。だけど、わたしがちゃんと読まなかったから……」
「誰だって、全部を知ってる訳じゃない。知ってることも知らないこともあって、たまたま、岩のことを知っていたんだろ? なら、俺だって、さくらと同じことしたよ」
「でもさ、わたし、気分よかったんだ。心のどこかで、自分だけ皆が知らないこと知ってるって。……そんなの、卑怯だよ」
こんな子供みたいな顔で後悔している子が、卑怯なわけがない。
「卑怯だなんて思わないし、卑怯だったとしても、俺はいまのサクラを好きだよ」
話を聞いて、合点がいった。
さくらの不自然なほどの受容も。
俺に、自分の全身を見せたがるのも。
きっと、そんな自分を受けて入れて欲しいのだろう。
でも、さくらは。
ちゃんと向き合って、教師になった。
たとえ、そのキッカケが亡くなった担任への贖罪だったとしても、既にそれは、さくら自身の夢だ。
俺もつむぎも、教師のさくらに沢山助けられた。そして、これからも。沢山の子供達を導いていくのだろう。
だけれど、少しだけ心配だ。
自分を犠牲にし過ぎてしまうのでは?
さくらを本当に赦すことができるのは、そのときの友達と担任だけだ。
だけれど、もういない。
だから、せめて俺が……さくらを赦したい。
おじさん、図太い嘘つき野郎だから。
これくらいなんでもない。
俺は続けた。
「よく頑張ったな。さくら。助かってくれて、ありがとう」
きっと、友達も担任もそう思うはずだ。
それに、そのおかげでさくらに出会えたのだ。
俺はさくらの肩を抱き寄せ、子供を寝かしつけるように、背中のあたりをポンポンとした。
すると、さくらは一瞬、息をとめ、肩を大きく震わせると、子供のように「うぇーん」と泣き出した。
さくらは、両目から溢れ出る涙を拭いながら、おれの腕の中で小さくなっている。おれは、そんなさくらを愛おしいと思った。
「なぁ、さくら。こんど、友達のお墓参りにいこうな」
すると、さくらが俺を見上げていった。
「こんなに好きにさせて……。君がいないと、もうダメだよ」
「ダメって……?」
「生きていけないってこと。……郁人。わたし、郁人の子供が欲しいよ」
「って、今まで避妊したことないじゃん」
さくらは頰を膨らませた。
「そうだけどー……、これからはもっと一杯するの! 今までの10倍くらい!!」
そんなに酷使されたら、おじさん、たぶん、死んじゃう。しかも、死因不明にされそう。
その日は。
さくらの話をたくさん聞かせてもらって、そのまま寝た。
朝起きると、布団の前にりんごが立っていた。
「いっ、いっ、郁人さん。わたしが寝てる間に何してるんですか?」
え。
何ってナニのことか?
「いや、だって。ほら。さくら浴衣きてるだろ? 何もしてないから」
「さくらさん。お尻が丸出しじゃないですかぁ!!」
身体を起こすと、確かに。
さくらの浴衣がはだけて、お尻が丸出しだった。
この人、なんでパンツはいてないのよ。
いや、でも。
本当に何もないのよ。
すると、さくらが起きた。
俺とりんごを交互に見る。
「あっ。わたし本格派だから。レイヤーとしては、浴衣の中の全裸は譲れないっていうか……? それに、りんごちゃんだって履いてないでしょ?」
りんごは、ジト目になって、特大のため息をついた。
「履いてますって!! ほらっ」
りんごは、肩幅ほどに足を開くと、勢いよく浴衣の裾をあげた。
すると、履いてなかった。
お尻どころじゃない。全部、丸見えだった。
さくらは、手で口を押さえた。
「うっわー。りんごちゃん。大事なところ、丸見えだよ?」
「えっ……」
りんごは自分の下半身を覗き込む。
直後に、もぎたてリンゴのように真っ赤になった。
隣の部屋のカーテンの隙間から漏れ出した朝陽が、キラキラと、りんごの股間にあたっている。まるで、スターを照らすスポットライトのようだった。
「わぁぁぁ。なんで。なんでぇ?」
すると、つむぎが、布を左手にもってフラフラとこっちにきた。
「これ。りんご姫のパンツ。返しておくぞ?」
つむぎよ。今更返しても遅いと思うぞ?
よく秘部とかいうが、すでにりんごの『秘』の要素はなくなったしまったのだからな。
りんごは、つむぎからパンツを奪い返すと、俺を睨みつけた。
「もうっ! 郁人さんのバカっ!! はやく朝食会場に来てください!!」
りんごはプンプンとして出て行った。
さくらは俺の方を見ると、苦笑いした。
「あーあ。怒っちゃった。……郁人。わたしも貴方のこと好き。愛してる」
そして、タタッと布団から起き出した。
「でもね。りんごちゃんも、つむぎちゃんも同じくらい好き!!」
そういうと、ぺろっと舌を出して、部屋から出て行った。




