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第51話 おじさんと旅館。

 

 車を旅館の門前でとめた。


 門構えは純和風で、その中には、白砂利や岩が敷き詰められた庭が見える。母屋までのアプローチは河川の飛び石のように配置されていて、そこを歩けば、自然に旅情緒に浸れるようになっているようだ。


 フロントは母屋にあり、若女将がお出迎えしてくれた。


 若女将は、俺たちを見ると、視線を泳がせた。

 だが、プロらしくすぐに笑顔になった。


 「ようこそ、お越しくださいました。東京からの長旅でお疲れでしょう。おく……お嬢さまのお荷物もお預かりしますね」


 きっと、若女将の脳は、うちらの分析で高速回転していたのだと思う。そして、分類に迷う綾乃やさくらではなく、1番無難なつむぎに話しかけたのだろう。


 すんません。おかみさん。

 苦労をおかけします。


 荷物を預け、フロントへ向かう。


 母屋の外観は、畑道具などが掛けられていて、古民家風だ。だけれど、中はライトアップされた自動ドアの格子戸になっており、一歩踏み入れるだけで、和モダンな別の空間のように感じた。


 その奥には、センスのよい生花が飾られていて、さくらや綾乃は「わぁ」とか「素敵」と喜んでくれた。


 それでこそ、自分の快気祝いに奮発した甲斐があるというものだ。よかった。


 旅館の予算って、個人差が大きいように思う。今回であれば、学生の綾乃と俺の感覚は違うだろうし、同じくらいの収入であっても、家族の有無や、何に重きを置くかで、かなり変わってくる。


 だから、事前にある程度のコンセンサスが必要なのだが、露骨には聞きにくい。こまったものだ。

 

 ということで、今回は、おじさんの奢りだ。

 自分のお祝いを、自腹でする。


 この自慰感も小物感も。

 おじさん、ちょっとだけ、悲しい。


 

 フロントで受付が終わると、担当の仲居さんが館内を案内してくれる。特に、絶景の露天風呂が自慢とのことだった。


 部屋の中は、さらに幾つかに別れていて、俺は窓のない小さな部屋を選ばせてもらった。大きめの部屋は女性陣の部屋だ。あとは、外が見渡せる囲炉裏のあるリビングと、トイレ、露天風呂、お召し替え部屋もいった間取りだ。


 それにしても随分と良い部屋だな。

 家族の快気祝いと伝えていたので、サービスなのかも知れない。


 仲居さんは、三つ指をついて頭を下げると、ゆっくりと襖を閉めた。


 まずは、大浴場に行くことにした。

 その後はお楽しみの夕食だ。


 男湯は、女湯と場所が違うので、俺が1人で歩いていると、先ほどの仲居さんに会った。


 彼女は女性では待ちきれない程の量のバスタオルを持っていて、男湯に補充するとのことだったので、俺も半分待つと申し出た。


 仲居さんは「お客様にそんなことをさせたら、怒られてしまう」と何度も拒否したが、俺が強引に半分引き受けると、仕舞いには、手伝わせてくれた。


 身長は150くらいだろうか。

 よくよく見ると、奥二重が凛々しく、小柄で可愛らしい女性だ。年齢も若く、綾乃と同じくらいだと思う。


 名札には『神無月 詩』と書いてあった。

 しおりって読むのかな。もしかしたら、『うた』かも知れない。


 おじさんは、ほんと若い子に弱いらしい。

 放っておけない。


 自分が若い頃は、そんなおじさんを『このスケベおやじが』と思ったものだけれど、今となっては、おやじ側の気持ちがよく分かる。


 実際は、それほど下心がある訳でもないのだ。



 母性本能ならぬ、おやじの庇護欲?


 でも、男の子が困っていても、同じように助けるのだろうか。いや、たぶん、自立を促すために、突き放すと思う。


 それじゃあ、やっぱりただのスケベなのかもしれない。


 俺が妄想界の住人になっていると、仲居さんが話しかけてきた。


 「ありがとうございます。……おくさま、若くてお綺麗な方ですね」


 そう言い残すと、仲居さんはニコッとして去って行った。きっと、うちの家族関係について、仲居仲間の良い暇つぶしにされるのだろう。

 


 男湯は空いていた。

 

 カコーンという、どこかの誰かの桶の音を聞きながら、湯に浸かる。すると、「ひゅお」と山から降りてくる冷たい風が頬に当たり心地いい。


 湯けむりの匂いが心地いい。

 実際はどうか知らんが、マイナスイオンを感じる。

 

 露天風呂から見える北アルプスの山々は、俺をまたイマジネーションの世界に誘ってくれた。

 


 さっき、おじさんの庇護欲なんて思ったが、庇護……無条件な保護をうけもつのは、本来、母性のように思える。

 

 でも、俺は男なわけで。

 父性……、つまり、突き放してチャレンジを促すという条件付きの保護は、同性の親についてのものであろう。父殺しの王になぞらえて、エディプス•コンプレックスっていうんだっけ。


 だとすれば、女子にとっての父性は、家族という群れを守る庇護者そのものなのかも知れない。


 綾乃の父は健在だが、父との関係は良好でないと言っていた。これを綾乃に引き直せば、その反射として俺のことを好きに思ってくれることも理解できる。


 さくらは……。


 なんでも受け入れてくれるし、りんごの勉強も見てくれると言っていた。俺の我儘をきいてくれるのは嬉しいのだが、受容が過度な気がする。何かあるのだろうか。


 気づけば、辺りは薄暗くなっていた。

 あと1時間もここにいれば、流れ星が見えそうだ。


 そろそろ夕食の時間だな。


 想像が捗って、無限にここにいれてしまいそうだ。名残惜しさを感じながら、風呂から出ることにした。


 夕食は食事処でたべる。

 係にカギを見せると、案内してくれた。


 すると、女性陣は既に座っていた。

 4人とも浴衣だ。


 つむぎは、一輪の薔薇の柄。

 りんごは、つやつやしたりんご柄。

 綾乃は、青紫の朝顔の柄。

 さくらは、立派な幹の山桜の柄。


 4人ともよく似合っている。

 隣の男性グループが、チラチラこちらを見ているのが分かった。


 4人とも綺麗で、俺なんかが同じ空間に存在していることすら申し訳なくなるが、男が羨む女性を独占できていることは、どこかで少し誇らしかった。


 成人組はビール。

 未成年組は、ジンジャーエールを頼んだ。


 飲み物が揃うと、つむぎが立ち上がった。


 「えー。皆の者。我のパパさまのためにご苦労であった。今宵は、無礼講じゃ。乾杯」


 いや、つむぎさんよ。

 お前は早速の無礼講を少しは反省した方がいいと思うぞ。


 ビールを一気に飲み干す。

 風呂のあとのビールは最高だ。


 4人の笑顔をみていると、今までの辛いことや悲しいことは、この一瞬のためにあったのではないかという気がしてくる。


 今更ながらに、検査結果が大丈夫で良かったと思った。

 

 料理は、前菜からはじまり、全11品らしい。俺は盛り合わせのマナガツオの酒盗和えをつつきながら、テーブルに置かれたメニューをながめる。


 すると、左耳にりんごが耳打ちしてきた。


 「郁人さん。あの……ちょっとくらいフライングしませんか? わたし、初めては今夜がいいです」


 正面に座るさくらは、左足を伸ばして、俺の下半身に足を伸ばしてくる。浴衣をかき分け、その足先が股間に到達すると、さくらは目を細め、俺を見つめた。



 (ブーン)


 スマホの通知をみると、綾乃からだった。

 「今日、安全日だよ? 大切にしてくれて嬉しいけれど、寂しくなっちゃう。そろそろして欲しいな……」



 …………。


 えー、どうしよう。

 一晩で3回もできるかな。

 あ、さくらはお代わりするから4回か。


 おじさん、困っちゃう。

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