表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/97

第50話 おじさん、木曽路をいく。

 

 中央高速から長野自動車道へ向かう。

 松本で降り、中部縦貫自動車道を西に向かうと今回の目的地がある。


 だが、少し寄り道をして、途中で立ち寄りたいところがあった。納骨から、なかなか来てやれなかった九条の墓参りだ。


 九条の墓は、松本から少し北に行ったところにある。先祖代々の墓らしく、九条もそこに納骨した。遠くてなかなか来てやれなかったから、良い機会だと思ったのだ。


 綾乃は菩提寺のご住職と知り合いらしく、九条の件でのお礼を伝えている。日程等で色々と融通をきかせてくれたらしい。


 地獄の沙汰も、人次第といったところか。

 まぁ、怒られそうだから、綾乃には言わんけど。


 九条夫妻は、生前に何度か墓参りに来たことがあるらしく、ご住職は、りんごを慈しむように見ると、その時の話をしてくれた。


 「きみがりんごさん。お母さんに似て美人ですね。お父さんとお母さんは、ここにきて、『次にくる時は3人かな』なんて言っていましたよ」


 りんごは首を横に振り「そんなことないです」と。


 すると、ご住職は微笑んだ。


 「ほら、そういうところもそっくりだ。今回は、お友達も一緒に来てくれたということで、良かったですね」


 りんごは頷いた。


 りんごは、綾乃のことを姉のように慕っている。さくらとは、ほぼ初対面だったが、ここに来るまでの数時間で随分と仲良くなれたようだ。


 それからは、皆でお墓の掃除をして、皆でお祈りをした。


 俺も墓前で手を合わせる。


 『九条。りんごは今、ウチで引き取っているぞ。幸せにするから、心配するなよな』

 

 りんごも横で手を合わせている。随分長いことお祈りしていたので、たくさん話したいことがあったのだろう。


 何をお祈りしたのか聞いてみると「内緒です」とのことだった。


 さくらは、全くの無関係なのだが、嫌な顔一つせずに手伝ってくれた。さくらって、懐が深いというか、聖母みたいだなって思う。


 なんでも話を聞いてくれるし、全部を受け入れてくれる覚悟のようなものを感じる。


 まぁ、代償として、精力を搾り取られているが。それくらいはご愛嬌だろう。


 最近のさくらは、恥ずかしがるどころか、「見て」とか「わたしの匂いを嗅いで」というようになった。強引に足を広げたり、大袈裟に首元などをクンクンしてあげると、瞳が潤んで恍惚とした顔になる。


 マニアックな性癖だ。

 マニアックの代名詞である『おじさん』に、マニアックと言わせるなんて。


 なかなかの大物だと思う。


 大胆そのもの。

 ……いや、もしかしたら、情緒不安定なのか?


 まぁ、でも、美人だから。

 きっと、大多数の男の目には、奔放で魅力的に映るのだろう。


 そう考えると、世の中ってつくづくルッキズムだと思う。同じことをオジサンがしたら、普通に逮捕されそうなんですけれど?


 不謹慎な黙祷を終えて目を開けると、さくらが話しかけてきた。


 「九条さんって、郁人の親友なんだよね? 郁人も辛かったね」


 正直、俺は『辛い』という感覚はあまりなかった。もちろん、あの時はバタバタで、考えている余裕がなかったということもある。


 でも、どちらかというと親友にしばらく会えないことが『寂しい』という感覚の方が近い。


 今でも時々、九条と一緒に酒を飲みたいと思う。前は何年も会わなくても平気だったのに。不思議なものだ。


 だから、りんごが20歳になったら、一緒に飲めるのが、密かに楽しみだったりする。


 りんごのこと、九条は認めてくれそうだけど、カオルには怒られそうだな。


 ……俺もそう遠くない未来に、そっちに行くだろうから、その時に針のむしろにされれば良いだろう。


 俺がため息をつくと、さくらが顔を覗き込んできた。


 「あのね。わたしにも、親友がいてね。そのお墓参りも、こんど付き合ってくれないかな……?」


 さくらも親友を亡くしているのか。さくらの年齢だと、友達も若かっただろうし。きっと『辛い』方が大きいのだろうな。


 「あぁ。もちろんだ。ちなみにどこにあるの?」


 「……北海道。何時間も山を登ったところにあるの。よかった。1人だとなかなかいけなくて。ありがとう」


 さくらは、俺の顔を見ると、微笑んだ。そして、俺の方に向き直して、お辞儀をした。


 北海道か。……って、遠すぎるだろ!

 しかも山を登ってとか、お墓参りにいって、自分が帰らぬ人になってしまいそうなんですが。


 でもなんだか、さくらの嬉しそうな顔をみたら、……いまさら取り消せそうにない。


 落ち着いたら、行ってこようと思う。

 俺がさくらのためにできることなんて、多くはないしな。

 


 しばらくすると、りんごが駆け寄ってきた。


 「みなさん、ありがとうございます。父も母も、きっと喜んでくれていると思います」


 りんごの表情に陰はない。少しずつでも気持ちが整理できているようでよかった。俺がりんごの頭を撫でると、りんごはエヘヘと嬉しそうな顔をした。


 それからは国道を通って西へ西へといく。


 はるか遠い山々の頂に見えた雪は、いつしか、麓まで下りてきている。道には轍ができ、あずきのかき氷のような雪が、道端に積み上げられていた。


 白骨温泉の看板を過ぎ。

 乗鞍岳を左に望み。


 『この車で大丈夫か?』

 なんて思いながら、先へ先へと進んでいく。


 そこから、さらに数十分。

 奥飛騨温泉郷。そこが今回の目的地だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ