第50話 おじさん、木曽路をいく。
中央高速から長野自動車道へ向かう。
松本で降り、中部縦貫自動車道を西に向かうと今回の目的地がある。
だが、少し寄り道をして、途中で立ち寄りたいところがあった。納骨から、なかなか来てやれなかった九条の墓参りだ。
九条の墓は、松本から少し北に行ったところにある。先祖代々の墓らしく、九条もそこに納骨した。遠くてなかなか来てやれなかったから、良い機会だと思ったのだ。
綾乃は菩提寺のご住職と知り合いらしく、九条の件でのお礼を伝えている。日程等で色々と融通をきかせてくれたらしい。
地獄の沙汰も、人次第といったところか。
まぁ、怒られそうだから、綾乃には言わんけど。
九条夫妻は、生前に何度か墓参りに来たことがあるらしく、ご住職は、りんごを慈しむように見ると、その時の話をしてくれた。
「きみがりんごさん。お母さんに似て美人ですね。お父さんとお母さんは、ここにきて、『次にくる時は3人かな』なんて言っていましたよ」
りんごは首を横に振り「そんなことないです」と。
すると、ご住職は微笑んだ。
「ほら、そういうところもそっくりだ。今回は、お友達も一緒に来てくれたということで、良かったですね」
りんごは頷いた。
りんごは、綾乃のことを姉のように慕っている。さくらとは、ほぼ初対面だったが、ここに来るまでの数時間で随分と仲良くなれたようだ。
それからは、皆でお墓の掃除をして、皆でお祈りをした。
俺も墓前で手を合わせる。
『九条。りんごは今、ウチで引き取っているぞ。幸せにするから、心配するなよな』
りんごも横で手を合わせている。随分長いことお祈りしていたので、たくさん話したいことがあったのだろう。
何をお祈りしたのか聞いてみると「内緒です」とのことだった。
さくらは、全くの無関係なのだが、嫌な顔一つせずに手伝ってくれた。さくらって、懐が深いというか、聖母みたいだなって思う。
なんでも話を聞いてくれるし、全部を受け入れてくれる覚悟のようなものを感じる。
まぁ、代償として、精力を搾り取られているが。それくらいはご愛嬌だろう。
最近のさくらは、恥ずかしがるどころか、「見て」とか「わたしの匂いを嗅いで」というようになった。強引に足を広げたり、大袈裟に首元などをクンクンしてあげると、瞳が潤んで恍惚とした顔になる。
マニアックな性癖だ。
マニアックの代名詞である『おじさん』に、マニアックと言わせるなんて。
なかなかの大物だと思う。
大胆そのもの。
……いや、もしかしたら、情緒不安定なのか?
まぁ、でも、美人だから。
きっと、大多数の男の目には、奔放で魅力的に映るのだろう。
そう考えると、世の中ってつくづくルッキズムだと思う。同じことをオジサンがしたら、普通に逮捕されそうなんですけれど?
不謹慎な黙祷を終えて目を開けると、さくらが話しかけてきた。
「九条さんって、郁人の親友なんだよね? 郁人も辛かったね」
正直、俺は『辛い』という感覚はあまりなかった。もちろん、あの時はバタバタで、考えている余裕がなかったということもある。
でも、どちらかというと親友にしばらく会えないことが『寂しい』という感覚の方が近い。
今でも時々、九条と一緒に酒を飲みたいと思う。前は何年も会わなくても平気だったのに。不思議なものだ。
だから、りんごが20歳になったら、一緒に飲めるのが、密かに楽しみだったりする。
りんごのこと、九条は認めてくれそうだけど、カオルには怒られそうだな。
……俺もそう遠くない未来に、そっちに行くだろうから、その時に針のむしろにされれば良いだろう。
俺がため息をつくと、さくらが顔を覗き込んできた。
「あのね。わたしにも、親友がいてね。そのお墓参りも、こんど付き合ってくれないかな……?」
さくらも親友を亡くしているのか。さくらの年齢だと、友達も若かっただろうし。きっと『辛い』方が大きいのだろうな。
「あぁ。もちろんだ。ちなみにどこにあるの?」
「……北海道。何時間も山を登ったところにあるの。よかった。1人だとなかなかいけなくて。ありがとう」
さくらは、俺の顔を見ると、微笑んだ。そして、俺の方に向き直して、お辞儀をした。
北海道か。……って、遠すぎるだろ!
しかも山を登ってとか、お墓参りにいって、自分が帰らぬ人になってしまいそうなんですが。
でもなんだか、さくらの嬉しそうな顔をみたら、……いまさら取り消せそうにない。
落ち着いたら、行ってこようと思う。
俺がさくらのためにできることなんて、多くはないしな。
しばらくすると、りんごが駆け寄ってきた。
「みなさん、ありがとうございます。父も母も、きっと喜んでくれていると思います」
りんごの表情に陰はない。少しずつでも気持ちが整理できているようでよかった。俺がりんごの頭を撫でると、りんごはエヘヘと嬉しそうな顔をした。
それからは国道を通って西へ西へといく。
はるか遠い山々の頂に見えた雪は、いつしか、麓まで下りてきている。道には轍ができ、あずきのかき氷のような雪が、道端に積み上げられていた。
白骨温泉の看板を過ぎ。
乗鞍岳を左に望み。
『この車で大丈夫か?』
なんて思いながら、先へ先へと進んでいく。
そこから、さらに数十分。
奥飛騨温泉郷。そこが今回の目的地だ。




