第48話 おじさんと、家族。
つむぎ達は、毎日、来てくれる。
俺の方は、何種類かの追加検査をうけたが、今後のことについては生検の結果が出てからということだった。
『きっと、大丈夫』と、自分に言い聞かせても、心のどこかでは心配で、日に日に心がすり減っていくのを感じていた。
だから、つむぎ達が毎日きてくれて良かった。
今日は検査の結果が出る日だ。
子供たちの手前、大丈夫なフリをしても、内心、ハラハラしている。
どうにも落ち着かなくて、手持ち無沙汰にトランプをすることにした。
ババ抜きで、俺の前の順番はりんごだ。
りんごは、単純で分かりやすい。今の所、全敗だ。
せめて、一回くらいは勝ってほしい。
だが、難しいのだ。
りんごが持っているカードは3枚。
右側の一枚に指先を当ててみる。
すると、りんごの眉毛が下がった。
つきは、真ん中の一枚。
俺が触れる前に、りんごが頬を膨らませた。
左の一枚。
俺が視線を向けただけで、りんごの口角が上がった。
あまりに分かりやすい。
分かりやすすぎて、トラップかとも思ったんだが、数十回の検証により、ただの分かりやすい人ということが分かった。
次のターン。
りんごのカードは2枚。
俺がババを引かなければ、おれの勝ちだ。
すると、既に1番上がりしていたつむぎが、りんごに何か耳打ちした。
りんごの表情が曇った。
これではどちらがババか分からん。
つむぎは久しぶりの決めポーズで得意気にいう。
「りんご姫は分かりやすいからな。最初から泣かせれば、どちらがババかわかるまい」
なんて無慈悲な解決法なんだ。
「つむぎ、可哀想なことするなよ」
「一度も勝てぬままでは、それこそ可哀想じゃろう。それに、我は、事実を伝えただけじゃ」
「事実って?」
「ん。……聞きたいか?」
「やっぱ、いいや」
聞いたら、俺が動揺してしまいそうだ。
それにしても、ババ抜きに勝つために泣かされちゃって、不憫だな。なので、その苦しみを終わらせるべく、おれがサクッとトドメをさしてやろうではないか。
うーん。
りんごのカードの前で右往左往する。
右のカードは、頬を真っ赤にした。
左のカードは、……睨まれた。
おいおい。
つむぎよ。何を言ったんだ?
気になって、もはやババなんてどうでもいい。
野生の勘で、赤面の方を選んだ方が、事後の傷が浅い気がする。
俺は右のカードをとった。
……。
ババじゃないか!!
ガッデム!!
つむぎが得意気に、にんまりした。
「これしきのことで動揺するとは。そんなんじゃ、立派な遊び人になれぬぞ?」
遊び人に立派とかあるのか?
「つか、おまえ。りんごに何を吹き込んだ?」
「いや。さくらとパパさまが、こんどナース遊びすることをな……」
ほんとやめて。
「でも、なんで顔赤くなるの?」
「ババ抜きに勝ったら、景品は、パパさまと子作りする権利をだな……」
「勝手に変な景品ばら撒くなよ!!」
「いたいいたい! やめてぇぇぇ」
俺はつむぎをグリグリの刑に処することにした。
わいわいしていると、ドアがノックされた。
先生が入ってきた。
先生は、咳払いをすると何回か瞬きした。
何か俺に目配せしているようだ。
あぁ。そうか。
きっと、検査の結果が良くないのだ。
家族は外して欲しいってことか。
「ごめん、2人とも外で待っててくれ」
2人は後ろを何度も振り返りながら、出て行った。
先生は、また咳払いをする。
俺は、判決の言い渡し待つ被告人みたいな気持ちになった。
心臓は激しく動いているのに、脳に空気が送られてこない。ポンプが空回りしているようで、貧血になりそうだ。
「山﨑さん。実は……」
先生は、テヘペロって感じで宣言した。
「ただの胃潰瘍でしたっ」
…………。
いや、何事もなくて良かったんだよ?
でも、なんかこの態度。
こっちは深刻なのに腹が立つ。
先生がいうには、胃潰瘍のタイプによっては、胃ガンと酷似しており、内視鏡時の読影では判断ができなかったとのことだった。
先生は軽い足取りで部屋を出て行った。
俺の方は、……安心して、涙が出てきた。
うちはガン家系だから、ガンだったとしても仕方ないとは思っていた。でも、やはり、つむぎの成長を見届けたいし、皆とお別れしないといけないのは辛い。
ほんとに良かった。
すると、つむぎとりんごが入ってきた。
俺が泣いているのを見て勘違いしたらしい。
りんごは、わんわんと泣き出してしまった。
「郁人さんも居なくなっちゃう……の?」
どうしよう。
なんか、何でもなかったとか言い出しづらい雰囲気なんですけれど。
つむぎは。
指輪を指差しながら、ニヤニヤしている。
あぁ。
指輪で聞いたのね。
つむぎは、りんごに言った。
「なぁ。つむぎ。パパさんのことそんなに好きか? だったら、元気なうちに子種を残してもらったらいいと思うぞ?」
りんごは、口を固く結んで、大きく頷いた。
ほら。
なんか決心しちゃってるじゃん。
りんご単純なんだから。
ほんとやめてあげて。
孕ませて放置したら、本気で九条に祟られると思う。
俺は、つむぎのコメカミをグリグリをする。
そして、りんごに「ごめんな。なんでもなかった」と言った。
りんごは、俺をジト目でみる。
「……ほんとうですか?」
あーあ。
すっかり人間不信だし。
なんかテンションめっちゃ下がってるじゃん。
元気付けたい。
なので、前から少し思ってた提案をした。
今回のことで、この歳になると、いつ死んじゃうか分からないなと思った。元気に過ごせる時間をもっと大切にしたい。
「退院祝いって訳じゃないんだけど、旅行でもいこうか」
りんごはニッコリした。
すると、ちょうど、さくらと綾乃も入ってきた。
俺が大丈夫だったことを伝えると、2人とも大きく息を吐いて安心してくれたようだ。
おれは頭を下げて伝えた。
「ほんとにご心配おかけしました。それとありがとう」
つむぎがさくらの腕にぶら下がった。
「はなこ先生!! 我、パパさまの退院祝いで旅行にいくのだが、先生と綾乃姫もいかぬか?」
つか、先生の呼び方が毎回違うんだが。
でも、いきなり言われてもね?
「いや、いきなり誘っても迷惑じゃ……」
さくらは笑顔になった。
「やっぱ、担任としては、ついていかないと! 有給あまってるし」
綾乃も頷いている。
つむぎは俺に向けてピースをした。
「パパさま。せっかくの旅行だからの。一緒に酒を酌み交わせる者がおって良かったな!」
つむぎなりに気遣いしてくれたらしい。
そんなこんなで、家族旅行は、5人の大所帯になった。
退院すると、それぞれメッセージをくれた。
りんご。
「今夜、ナース服でお部屋に行っていいですか? わたしのこと好きですか?」
綾乃。
「旅行、楽しみ。ね。金曜日、ウチに遊びに来ない? お酒買って待ってる。ねね。わたしのこと好き?」
さくら。
「入院中、たまってたんでしょ? いいよ。わたしにいっぱい出して。ナース服でしよっか? ねぇ。わたしのこと、どう思ってるの?」
おじさん。
全員、大好きなの!!
うーん。
でも、旅行でピンチが訪れる気がする。
総当たり戦は避けたい。
無難に旅館は全員一緒の大部屋にしようかな。
4対1で責められたら、おじさんストレスで、毛が抜けちゃうかも。
でも、この局面も前向きに楽しみたい。
彼女たちとの時間は俺の宝物なのだから。
って、ちょっと待てよ。
綾乃とさくらの旅費も俺が出すのか?
綾乃は学生だし、そしたら、さくらだけ自腹とか言えないでしょ。
5人分の旅費。
おれの退院祝いなのに、まじか。
明日から、しばらくランチはおにぎり一個で我慢しよう……。
自分の退院祝いも有料とか、おじさんって切なすぎるぜ。
(おまけ)
俺が家に帰ってゆっくりしていると、瑠衣からメッセージがきた。
「退院したの知らなくて、恥ずかしい思いしちゃったよ。死んじゃったのかと思った。死ぬほど心配した……。ばかぁ!!」
どうやらすでに1名、マネジメントに失敗したらしい。
瑠衣は退院後に来てくれて、もぬけの殻の病室にショックを受けて、泣いてしまったとのことだった。
ごめん。
連絡するの忘れてた。
でも、ありがとうな。