第47話 おじさんの入院。
病室に1人になると、色々考えてしまう。
20代の頃ほど他人事というわけではないが、まだ『死』はそれほど身近ではなく、それなりに時間があるのかと思ってた。
もし、ガンだったとして、治るのだろうか。
つむぎのことは、母親に任せるとして、りんごのことはどうしよう。
本当は、高校や大学を卒業して、自分で夢を見つけるまで、支えてやりたかったが。綾乃のことも、中途半端になってしまう。
瑠衣は? さくらは?
でも、考えても手が伸びる訳でもないし、できる範囲のことしかできない。
とりあえず、それぞれに、どんな言葉を残したいか考えるか。
まずは、つむぎへ。
「お父さんの娘に生まれてきてくれて、ありがとう、それと、まだまだしてあげれてないことばかりで、ごめんな。あと……」
つぎは、りんご。
「ちゃんと自分の夢を見つけて欲しいと……。あと、りんごは生真面目すぎるから、少しは不真面目になるように」
つぎは、綾乃……。
(バタン)
ドアが開くと、つむぎが入ってきた。
いつもの痛い衣装じゃなくて、部屋着だ。
つむぎは、こっちに駆け寄ってきて、俺のベッドの前でへたり込んだ。
「おとうさん。死んじゃイヤだ。わぁぁぁ」
顔を真っ赤にして、泣きだした。
いつも斜に構えているつむぎらしくない。
その後ろでは、りんごが涙を堪えている。
おれはりんごに話しかけた。
「急に入院になってごめんな。数日で戻れると思うから。悪いが、つむぎをよろしくな」
すると、りんごは睨むように俺の方を見た。
「……イヤです。よろしくしてほしいなら、約束してください。絶対に元気になるって」
ん?
なんか、俺、死ぬ前提になってないか?
まぁ、俺自身も悲劇のヒロイン気分ではあるんだけど。本人を差し置いて悲観的になられても、おじさん、ちょっと悲しい。
シュールな気分になっていたら、またドアが開いた。
すると、綾乃が入ってきた。
こんどは、最初から泣いている。
「郁人くん。大丈夫? なんか末期の病気だとか。……なんで、言ってくれなかったの?」
伝言ゲームのように、どんどん話がネガティブになっているようだ。ということは、きっと、綾乃から話を聞いた瑠衣は……。
(バタン!)
瑠衣が入ってきた。
「いっくん。もう、余命いくばくもないとか……」
それを聞いたりんごも泣き出した。
「いくばくもないなんて知らなかった……」
おーい。
負の無限ループに入ってますよ?
いくばくもって、まもなく死んじゃう感じだし。
今のところは、ただの検査入院の人なんですが? どんどん勝手に俺の寿命を短くしないでくれ。
瑠衣は続けた。
「わたしに、何かできることはない? いっくんが治るなら、どんなお願いも聞くよ?」
……ほう。
これは良いチャンスだ。
この機に、色々と解決しておこう。
「瑠衣は、綾乃とりんごと仲良くして欲しい。それだけが心残りで」
「え? むり……」
あなた、たった今、できることなら何でもするっていったじゃん。それに、これは、瑠衣にしか出来ないことだ。
「ごほっ。げほっ。げぇぇ」
俺は大袈裟に咳込んで見せた。
「……わかりました」
よし、メインミッションクリア。
こんなおじさんのために、親友を失わせるのは忍びない。
綾乃とりんご、つむぎは……、意外と仲がいいから大丈夫か。
ついでに、もう少しワガママいっておきたい。
瑠衣の耳元で囁いた。
「冥土の土産に、瑠衣が1人でするのを見てみたい」
瑠衣は、一瞬、俺を睨んだが、すぐに俯いた。耳が赤くなっている。
「それで元気になってくれるなら……いいよ」
俺は心の中でガッツポーズをした。
おじさんの特効薬は、やっぱり下心だよ。
PC音痴のオジサンでも、アダルトサイトや出会い系アプリで遊ぶためなら、スマホ使いこなせちゃうし。数ヶ月もしたら、ちゃっかりプライベートブラウジングでモバイルプロキシを使いこなしていたりする。
人間ってすごい。
いつになっても輝けるんだ。
俺が元気になったのを見届けると、瑠衣と綾乃は、大学があるとかで先に帰って行った。
退院後の楽しみができた。
瑠衣には、処女のまま、最大級の凌辱をしてやろうではないか。
つむぎは売店にいき、部屋には、俺とりんごだけになった。なので、おれはりんごにもあのお願いをすることにした。
「冥土の土産に、りんごが1人でするのを見てみたい」
りんごはどんな反応するのかなって、興味本位だった。すると、りんごは思わぬ反応をした。
「郁人さんが、ずっと一緒にいてくれるなら、全部いいよ。全部……。わたしの命もあげる」
りんごは俺の太もものあたりに、突っ伏すように頬を擦り付けると、泣き続けた。
「ごめん……」
予想外の展開になってしまった。少しからかいたかっただけなのだが。
『愛が重い』
このセリフ、一度で良いから言ってみたかったんだ。でも、おじさんが女子高生に言ったら、バチがあたりそう。
ありがたい事に、りんごは俺が思っているよりも、ずっと俺を好きでいてくれるらしい。結果的に、りんごの気持ちを試すようなことをしてしまった。ごめんよ。
やっぱり、18までは何もできないな。
りんごは、つむぎに引きずられて帰っていった。すると、綾乃からメッセージが届いた。俺が退院するまで、綾乃がウチに来てくれるらしい。
「……いつも助けてもらってるから、少しはお返しできて嬉しい」とのことだ。
みんな良い子すぎる。
おじさん、みんな好き。
1人になんて絞れない!!
まぁ、それはさておき。
家のことが心配だったから、本当にありがたい。
皆がいなくなると、病室はガランとして、急に寂しい空間になった。外はもうオレンジ色で、カラスが、かあかあと鳴いている。
「ひとりぼっちって、久しぶりだよな……」
うちには、つむぎもりんごもいて、いつも賑やかだ。俺は皆を支えているつもりだったけれど、支えられていたのは俺の方だったらしい。
最近は、毎日、家に帰るのが楽しみになった。
俺はこの歳でモテ期が来て、満喫するって思って。それは、いけない事なんだろうけれど、そのおかげで、綾乃や瑠衣、さくらに出会えた。
それは俺の人生では、何にも代え難い宝物だと思う。
もとから不倫なんて独りよがりなのだ。どんなに愛を説いたところで、外からみれば、偽物でしかない。
だけれど、だからといって、相手を適当に扱っていいわけがない。できる限り、大切にしたいと思う。
それに、自分の生き方もそうだ。
なんとなくそこそこの生活ができて、満足だと思っていた。でも、まだやり残していることが、あるのではないか?
あぁ。こういうのをミッドライフクライシスっていうんだっけ。
答えが出る前に、さくらが入ってきた。
「なーに、浸ってのよ。……ね。この部屋って、カメラとかないよね? エッチする?」
「しない(笑)」
「じゃあさ。退院したら、ナースコスプレしたげようか? カメリアさんのコスプレだぞっ? この幸せ者め〜」
って、自分で自画自賛だし。
それに、どうせならオプションもつけて欲しい。
「……網タイツがいい」
「わたし、本物志向だから、白タイツかと思うんだけど。まぁ、お祝いだからいいよ」
ほんと、この淫乱女教師は。
……でも、彼女なりに心配してくれてるのかな。だから、さくらにもちゃんと言おう。
「ありがとうな。本当に」
すると、さくらは頬を桜色に染めて、照れくさそうな顔をした。
「ほんとうだよ。ばか」
……後ろ向きになっても仕方ないよな。
こんな美女が頬を赤らめてくれるんだ。
俺の『今』は捨てたもんじゃない。