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第45話 おじさん、健診でひっかかる。


 会社の健診でひっかかった。


 いつも、赤字で色々と賑やかな検査結果ではあるのだが、今回は様相が違った。ご丁寧に別紙で、「要:精密検査」という記述が鎮座している。


 バリウム検査に問題があったらしい。

 

 会社提携の健診センターでは、以降の対応はできないとのことで、最寄りの総合病院で胃カメラ検査をすることになった。


 心配するだろうから、うちの2人には、まだ言っていない。きっと、大丈夫なのだろうけれど、やはり心細い。


 綾乃も動揺してしまうだろうし……。


 さくらに相談した。

 すると、「不安だろうから」と、病院まで付き添ってくれた。


 待合室で手を握ってくれる。

 さくらは、目が合うと何も言わずに、俺の肩に頭を乗せてきた。


 あえて聞いていないが、きっと仕事も抜け出してくれたのだろう。


 会ってすぐエッチしちゃって。

 つい、顔の綺麗さと、身体のエッチさに目が行ってしまうけれど……。


 俺が思っている以上に、大切に思ってくれているのだなぁと思った。


 順番がきて、検査室に入る。

 胃カメラでは、麻酔の有無を選ぶことができるのだが、俺は病院の後にすぐに、さくらと話したかったので、麻酔なしを選んだ。


 喉のあたりに表層的な麻酔をあててもらい、横になって待つ。すると、口から喉の方へ、硬い異物がスズッと入ってきた。


 直後に激しい吐き気が襲ってくる。

 異物を外に出そうとする、生体の反射なのだろう。


 口でしてもらう時って、相手はこんな感じなのだろうか。……これからは、もう少し優しくしよう。



 「苦しいのは、すぐに終わりますからね〜」


 先生に、そんな風に声をかけられた。

 俺はそれを信じてじっと耐える。


 嘘つき。

 ずっと、つらいじゃないか。


 程度の差こそあれ、ずっとつらい。

 食道の中を、異物が動くたびに、唾液がどぼどぼと口から噴出した。


 すると、窒息しないように、看護師さんがすぐに対応してくれる。


 ようやく落ち着いた頃、横のモニターに胃の中の画像が映し出された。


 その度に、「うーん」、「これは……」、「出血しちゃってるね〜」などど、内視鏡医の能天気な呟きが聞こえる。


 たしかに、胃壁が赤黒い。


 でも、余計に心配になるから、能天気に呟かないで欲しい。



 5分くらいした頃、医師に声をかけられた。


 「やっぱり……、食事すると吐いちゃうでしょう? 辛かったよねー。あと組織をとって終わりですからね……」


 辛かったって?


 言われてみれば、最近はフライを食べると100%胃もたれをしていたけれど、自然な加齢現象かと思って、気に留めてもいなかった。


 俺はガンなのだろうか。


 それからは頭が真っ白になり、先生の話も他人事のようで、何も考えられなかった。


 俺は当然、これからもそれなりに時間があって、つむぎやりんごの幸せを見届けられると思っていたのだが。そうではないのかも知れない。


 検査が終わって、待合室に戻る。

 すると、さくらが声をかけてくれた。


 「どうだった?」


 「うん。あまりよくないみたい。このまま入院になるかもって言われた」


 「そっか。あのね。わたし毎日くるからね。今日もずっと居るから」


 嬉しいけれど、学校は休まないでね?


 あっ。あと。


 「口に内視鏡が入ってきたら、顎が開かれて苦しかった。これからは、さくらに口でしてもらう時、優しくするね」


 すると、さくらはあっけらかんとした顔で答えた。


 「いやぁ、郁人のコンパクトだから平気っていうか、むしろ、もっと激しくしてもらっても歓迎っていうか……」


 ……。


 コンパクト族にはそんな気遣いは無用らしい。

 


 

 結局、そのまま入院になってしまった。

 まだ生検結果は出ていないのだが、『念のため』入院とのことだ。入院って、そんなお気軽にさせるものなのだろうか。


 ……させないよな。


 その後、病室に案内された。

 身一つの入院だったので、最低限のものを、さくらに買ってきてもらった。


 さくらは、戻ってくると、声をかけてくれた。


 「つむぎちゃんには、知らせていいの?」


 「あぁ。入院するしな。数日といえ、何も言わないのは無理だろうし」


 「そう? わたしと旅行とでも言っとけばいいじゃない」


 いや、それはそれで。

 りんごの気が狂いそうだ。


 結局は、正直に、念の為の検査入院と伝えることにした。


 さくらは、いったん、家に帰ってまた来てくれるらしい。去り際に抱きしめてくれると、さくらは俺の耳元で囁いた。


 「……愛してるよ」


 「え?」


 俺がさくらの顔を見ると、さくらは続けた。


 「男の人に、愛してるって表現使うの初めてなんだから。光栄に思いなさいね」


 そっかあ。

 こんな場で、あえて嘘をつく必要もない。

 きっと、本当なのだろう。


 それは、光栄だ。


 俺は、つい。

 スマホで調べてしまった。


 その場で生検になることはあるのか。

 その場合にガンが見つかる可能性は?

 そのまま入院になるようなケースはあるのだろうか。

 

 ……やはり、ガンなのだろうか。


 だから、きっと神様の思いやりか何かで。

 こんなおじさんに、モテ期が来たのかな。

 

 

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