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第22話 おじさん、人妻の愚痴を聞く。


 会社の最寄駅のチェーンの居酒屋に入って、ビールを2杯頼む。女の子と2人で大衆酒場はちょっと気が引けるが、変に雰囲気が良くなっても困るからな。


 って、歌恋。

 メニューを見て、フードを頼みまくってるぞ!


 全然、帰る気なさそうなのだが。


 しまった。

 安いチェーン店に来たのが仇となった。


 割安感があって、人妻の好奇心を刺激してしまったらしい。歌恋は、すぐ家で真似できそうな料理の数々に舌鼓を打っている。


 んで、なんの話なんだろう。

 俺は、蒸しジャガイモの塩辛和えをつつきながら、歌恋の話を聞く。


 なんでも、子供ができないから病院に行ってみたら、旦那が無精子だったらしい。


 胸が痛む。

 どこかで聞いたような話だ。


 「それでね、旦那の両親からのプレッシャーがすごいの。まるで、全部わたしの責任みたいな言い方されて。あなたたちの息子が原因なんですよ!と言いたい」


 たしかに、それは辛いよなぁ。

 年配の人の中には、いまだに跡取りにこだわる人は少なくない。子供が産めないと分かった途端に離婚になったなんて話も聞いたことがある。


 歌恋はいつの間にやらビールをお代わりしている。


 一杯の約束じゃ……。


 歌恋はヒートアップしてきたらしい。声が大きくなり、口調はキツくなってきた。


 「旦那、自分が悪いって言ってくれないから、わたしが責められてばっかり。むしろ、お前らの息子が浮気してるんだよ!!」


 いやぁ、旦那さんが親に言いにくい気持ちは理解てきるんだけどね。自分の親に「わたしは無精子です」って言いにくいよ……。


 とりあえず、俺はウンウンとひたすら頷いてこの場を凌ぐ。ここでへたに旦那さんを擁護などしてしまったら、おれが浮気夫の代替物サンドバッグにされかねない。


 「んじゃあ、俺はこのへんで……」


 席を立とうとする。

 すると、歌恋に手首を握られた。


 「おい、まて。逃げるな」


 ……。

 一杯だけとか嘘じゃん。

 徹底的に飲むつもりじゃん。


 俺はテーブルの下で、りんごに、もう少しかかる旨をメールする。すると、歌恋に睨まれた。

 

 「誰にコソコソとメールしてるの? 浮気相手?」


 「いや、娘……」


 「んでね、悔しいじゃん。だから、わたしも浮気してやろうかと。郁人さん。わたしのこと妊娠させてよ」


 托卵の申し出か?

 つむぎの件があるからな。


 精子のポテンシャル的にもメンタル的にも、無理。


 それに……。


 「一回で出来なかったらどうするの?」


 「そうしたら、できるまでエッチして」


 俺は、歌恋の胸のあたりをみて、生唾を飲んだ。魅力的な身体だ。たぶん、そうそう子供はできないだろうから、歌恋の身体を年単位で自由にできるってことだろ?


 それは、たまらないな。

 って、いかんいかん。

 つむぎパパ、しっかりしろ。


 綾乃に泣かれるぞ。


 それに、なんだかんだ言って、身体と心は連動している。旦那に不満を持ってる状態で、年単位で身体を重ね続けたら、たぶん、最終的には離婚するって言い出すだろう。


 そんな責任は取れない。

 だから、かれんには手を出せない。

 

 そうこうしてると、山口がきた。

 以前の埋め合わせということで、ピンチヒッターを頼んだのだ。


 ナイスタイミング!

 

 かれんに逃げるなと言われたが、無視だ。

 2人分のお会計を置いて店を出た。


 

 電車に揺られて帰る。

 どこの家も色々あるのね。


 中には、カレーの食べ方ひとつで離婚してしまう夫婦もいるらしい。結婚って、なんだろなと思う。


 (ガチャ)


 家につき、ドアを開ける。


 「おかえりなさい!!」


 つむぎとりんごが、玄関に並んで元気に出迎えてくれた。やはり、娘はかわいいし、嬉しいものだなって思う。

 

 りんごが、パタパタと夕食を準備してくれる。

 つむぎはお風呂に行った。


 要らないって言ったんだけどな。

 でも、心遣いは嬉しい。だから、テーブルについて、2度目の夕食をとる。


 今夜はハンバーグだ。

 りんごは正面に座って、食事につきあってくれた。俺が食べていると、りんごの視線を感じた。


 「どうしたの?」


 すると、りんごはテーブルに両肘をついて、手の平を両頬に添えるようにした。


 「……おとうさんも、そうやって食べてたなと思って」


 九条とのことを思い出していたのか。そういえば……、あの日病院で、九条はりんごに何を話したのだろう。


 「病院で九条にどんな話をされたの?、あっ、もちろん言いたくなかったら大丈夫だからね」


 りんごは、ゆっくりと首を横に振って答えてくれた。


 「俺の娘に生まれてくれてありがとうって。それと、親友の家で暮らすようにって。それと……」


 そうか。

 俺もきっと、自分が死んでしまうなら同じようなことを言うだろうな。つむぎに出会えて、本当にありがとうと思ってる。でも、なかなか伝える機会がないのだ。


 だから、九条は少しだけだけど、最後に意識が戻ったのは良かったと思う。


 目が合うと、りんごは頬を赤くした。

 

 そして数秒の間をおいて、言葉を続ける。


 「もし、山崎さんを好きになってしまっても、父さんに気を使うなよって」


 ……最後の会話だぞ?

 九条のやつ。娘に、もっと他の事はなしてやれよ。


 「そっか。って、ハハ。こんなおじさんにそんなことある訳ないのにね」


 りんごは下を向いた。


 「……そんなことない」


 そういうと、りんごは手の平でパタパタと首元をあおいで、どこかに行ってしまった。


 それにしても、九条は、りんごにもそんな話しをしたのか。案外、つむきの千里眼は正夢だったりしてな。


 でも、いまはしっかり父親の役をせねば。


 その後だったら或いは……。でも、そのころは、俺は何歳だ? おじさんを卒業してお爺さんになってそうだし。既に老人ホームにいそうなんだけど。


 ……やっぱり、あり得ないや。


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