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七十冊目『〈ほんもの〉という倫理』

「府雨の読書日記」七十冊目『〈ほんもの〉という倫理』


『〈ほんもの〉という倫理』

 著 チャールズ・テイラー

 訳 田中智彦


 結局、わからないことをなんとかわかるように噛み砕く努力と、まだわからないという現状を甘受するという、なんとも難しいことを要求されているわけですね。


 保留という態度が、実に大切な現実的スタンスになること、それが現在の言論空間でどれほど蔑ろにされているかを思うと、ため息ものです。


 回り道をすることが生きるということだと理解することはできても、実際に目の前にはゴールがあって(動画の向こうにゴールに見える人がいて)、それで回り道とは笑わせるぜ状態。


 誰も答えを教えてくれないのは、答えがあまりに平凡だからであり、教えても実際に「やる」というステップがあまりに長いから。


 はああ。


***


 内面からアイデンティティが生まれる世界であれば、話は簡単だったのに。


 日本人を作るために必要なことは、少なくとも日本の歴史を叩き込む教育だと思っている人がいるらしい。


 日本的市民を作るのは、外界との接触だし、他言語の習得だと僕は思います。


 日本語を使う時の違和感、文章を書く時の不思議な感覚にセンシティブになるのは、外国語を学び、海外のマナーを理解した時だけです。


 決して、日本人に生まれるということはない。私たちは日本人になる。物腰柔らかで知的、マナーを重んじる人が、排外主義者であることはまずないでしょう。


 日本人になるのは本当に難しいことです。少なくとも国籍が日本である人と、そうでない人を差別して、治安という言葉で排斥できると思っているとしたら、日本国籍を持つ不届ものを、その人たちはどう定義しているのでしょう?


 僕の感覚では、国籍に関わらず、不届きものは不届もので、マナーのいい人は国籍に関わらず市民だと思います。


 日本史を教えればいい。日本の素晴らしさを、子どもに教えることに、まずそういう政策を考案する人が、日本的市民(物腰柔らかで知的、マナーを重んじる人)になることは、かなり優先される気がします。


 ことは教育の偏り方ではなく、多くのことを知ることです。


***


 アイデンティティって、当たり前だなぁって思います。そういう教育を受けてきたので。


 自分で考える、というのが流行ってたんです。びっくりですよね。


 人に聞くなググれ。正解はネットに転がっている。どんな世界観だよと、最近よく笑います。


 自分で考えろ。ネットを頼れ。なんか矛盾してないですか?


 で、できた低廉なアイデンティティを護持することに汲々とする。苦しいです。こんなんじゃ満足できない。こんな程度じゃ承認が足りないって。


 人と違う。人より優れていることを、他の人に認めてほしい。それを覆すには、本当に優れた人にならなきゃいけない。こわ。


 好きな人選べるというのが、確かに考えるとそもそもすごいことです。自分の意思というのが、(相手の拒否権を除くと)無条件に認められるなんて、やっぱこわ。


 選べるという好み・偏向はアイデンティティだというキモさ。そういうこと考えると嫌になって何もできないですけど、潔癖なのでしょうか。


***


 少数派というのは、安寧です。少数派は多数派の分派より人数が多いので、ある程度安心を勝ち得ます。


 民主主義では多数派が正義? はは。だったらそれは独裁の方が効率的ですよ。


 少数派でいることは、この世界では安寧の海を支える柱なのです。なのです!(震え声)


***


 楽をしたいというのは逆に遠回りです。


 その場限りの都市的付き合いを重ねて、ソーシャルサービスという疑似社会に包摂されるのは、かなり面倒な気がします。


 友達をつくることは難しいことではないですし、それは本を読むのと近い気がします。


 そもそも本を読まない人がいることに驚きます。読む本を三分野くらいに拡げれば、つまりコミュニケーションのチャネルを拡げたり絞ったりすれば、相性のいい本ができて、友達ができます。


 友達とのやりとりは、知的なもののはず。だから本を読むべきです。記事ではなく本。繋がっていないことのように思えても、そこはとても繋がっているんです。


***


 本書、ですます、書いてありました。少し読みやすかったですけど、最後まで〈ほんもの〉ってなんだろって首を傾げてました。告白しますが、何も覚えていないのです。なので、せっせと関係ないことを書いています。


 唯一「内面への亡命」という言葉が、結構面白くて、自分というのはやっぱり行き止まりなんだなという感覚を想起させられまして。


 胸の苦しさ、言語化できない曖昧さが漂っている円錐の頂点、エンド、結節点に僕らはいる。僕らから広がっていくのではなくて、僕らに収斂していく。


 僕らは僕の頂点からさらに小さい「点(それは空間ですらない)」に向けて荷電粒子を撃つことはできない。僕らは辺境で、後ろには何もない。汲むべき水もない。


 それでも一時的なものの連続と、総体の断片化を希求する。


 そのためには結局前を向くしかない。広がる空間の方へ。

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