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六十二冊目『異常』

「府雨の読書日記」六十二冊目『異常』


『異常』

 著 エルヴェ・ル・テリエ

 訳 加藤かおり


 同僚と先週の土曜日に初台のフヅクエで五時間耐久で、なお読みきれなかった本書を、今日土曜日に改めてミスドで読み切りました。


 一章が短くて、簡潔で読みやすいなと思いました。かなり良かった。


 エンタメ作品であり、ページを引き戻されることもなく、安心して読めた感じです。


 ヨーロッパ的だなぁと思ったのは、そこここに「人間なら」というのがずっと伏流していたことです。想像力を限定的にかつ集中的に行使して作られた、綺麗な物語です。知識に基づいていてロジカルであるというのは、もしかしたら現在の人間の知性の限界なのかもしれません。


 ヨーロッパ人をみる日本人の目に、軽侮が宿るとしたら、そのあまりに枠にはまった考え方で、問題と解決を主務とする人間の思考に、どこか「現代のくびき」的なものがあるような気がしました。『異常』がどうというより、最近考えることではあります。例えば、ダイバーシティについての議論の二極化に関して。


 小説での話ですが、少し宗教が軽く扱われているような気がします。


 少し話は変わりますが、「生」や「死」についての哲学論考はそれなりに数があるのに、こと「自殺」になると、テクストは数少なくなり、内容もかなり難しくなります。それは、自殺というものを言語化することが、一般の人にはまずできない難度の高い芸当だということです。それらは読むのも、ずいぶん難しい。


 村上春樹『1Q84』を思い出します。春樹の作品は、生物学的な限界を物語が越える(跨ぐ)ことがありますが、この作品は、少し経路が違った。物理か精神かという、西洋的な二者択一がまだ有効で、SF的説明も、物語の筋立て上で出てきた一つのアイデアであるという印象です。春樹のそれは、論理的な説明というより現象的な説明で、『異常』は現象が論理と物語を支えていた。


 観測されたものとされていないもの、観測なき重要性というものも考えさせられました。たとえ、自分が二人いたとしても、観測されたことに意味があり、観測されなければ、何の説明も必要ないんだなぁ、と。世界では今も誰かが祈っている。祈りが通じるとして、それが祈祷者自身への恩寵となる可能性は、いかばかりかあるのだろうかとか。


 何の脈絡もない出来事ではなく、何の説明もつかないカタストロフでもない。でもそういう微妙な扱いを要求される煩わしさを的確に表している、いい小説でした。

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