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四十七冊目「文学は何の役に立つのか?」

「府雨の読書日記」四十七冊目『文学は何の役に立つのか?』


『文学は何の役に立つのか?』

 著 平野啓一郎


 連休中に読んだエッセイ。


 関心がないテーマもあったので、珍しくちょこちょこ飛ばし読みしました。


 文学は何の役に立つのか、なんて、考えたこともなかった。僕の世代はもしかしたら、子ども時代に、「今役に立つことは、すぐに役に立たなくなる」と、口酸っぱく言われてきたからかもしれない。


 平野啓一郎もそうだったのかはわからないですが。


 役に立つというのは、連続的な行為の成果であって、局所的瞬間的な営みからは、抽出されない。それが僕の意見です。


 でもそれは、平野啓一郎が本文の最初で「役に立つ」と区別した、「価値」とかぶっているのかもしれないですが。


 文学は役に立つ、と言う姿勢は、分人やカッコよさといったちょっと古めかしい概念を多用して、実に生真面目に考える平野啓一郎の、魅力的な部分が詰まっています。


 僕が文学部にいたころは、そういうことを考えたっけ?


 僕は、文学を読むのは苦手だから、「面白くなければ意味がない」という立場の人だった。単純すぎるかもしれない。


 読むという行為の、文字をスキャンしていく時間が好きで、内容はもちろん重要ですが、選択的に「記憶していく」というのには、積極的ではなかった。


 勉強するのが嫌いなのか、単に飽きっぽいのか、方法論がつかめてないのか、わからないけれど。


 文学を書く人にとっての文学と、読む人にとっての文学の「有用さ」は、異なるという意見もある。でも文学は一つの作品が、その二項の焦点になっている。


 読者は知りたいと思うし、楽しみたいと思う。おそらくは作者もそう。


 小説を読むのは、そこが最も自由になれる場所だから。書く方もきっとそうだろうと思います。

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